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能の「鉢の木」こそが藝術 心の無い製作行為は藝術ではない!

能の「鉢の木」こそが藝術。
 能 鉢の木2
能 鉢の木1
「鉢の木」は人の心の原点を映す話で、同時代の世界で傑出し日本の誇る偉大な芸術家である観阿弥・世阿弥の作ともされています。
藝術の表現方法は、絶対に自由で多様であるべきですが、創作の動機、目的には善の「心」が「絶対」に必要で、それが「藝術の創作」と「単なる製作行為」を分けるのです。
今の日本には虚栄心と差別意識、無知の白人崇拝にまみれ、無慈悲で卑怯な自分を偽善の衣で隠すエセ芸術家が多すぎます。

以下、大要です。

ある大雪の夕暮れ、佐野(北関東)の外れのあばら家に、旅の僧が一夜の宿を求めましたが、住人の貧乏武士は、ボロ屋で食べ物もないと断りました。しかし、妻に思いやりの無さをなじられてハッと我に返り、雪道の中、僧を追いかけ家に招き入れました。
そして、なけなしの粟(アワ)飯を出し、自分は佐野源左衛門常世といい、以前は多くの所領があったが一族に横領され、落ちぶれたと語りました。
薪がなくなると、客人の暖のため悩み、落ちぶれても最後まで残し大事にしてきた松、梅・桜のみごとな盆栽がある事に気づき取り出すと、とても惜しみながらも、自慢の品だが、今となっては無用といいい、折って薪にしてしまいました。
そして、今は何もないが、ぼろでも鎧と錆びたなぎなた、やせた馬だけはあり、一旦鎌倉から召集されれば、いち早く鎌倉に駆け付け、命がけで戦う決意を僧に語りました。
年があけ春になり、突然鎌倉から緊急召集の触れが出た。佐野源左衛門も古鎧を身につけ、錆び薙刀を背負い、痩せ馬に乗って、やっとの思いで鎌倉に駆け付けました。
北条時頼は諸将の前で、ぼろ鎧を付け,錆薙刀を持ち、やせ馬に乗った武士がいるはずだとして探すよう命じました。
佐野源左衛門常世は何か自分に落ち度あり罰を受けるに違いないと恐れながら、御前の諸将の居並ぶ中、破れ鎧で平伏しました。
すると北条時頼は「あの雪の夜の旅僧は、実はこの自分である。言葉に偽りなく、馳せ参じてきたことをうれしく思う」と語りかけ、失った領地を返した上、あの晩の鉢の木にちなむ三箇所の領地(加賀国梅田庄、越中国桜井庄、上野国松井田庄の領土)を新たに恩賞として与えました。佐野源左衛門常世は感謝して引きさがり、はればれと佐野荘へと帰っていきました。

以上です。

「自分の利を捨て人を助ける憐みの真心」「主君(仕事)に尽くす心」「人と人が信じ合う無垢の心」という日本人の良さがこの話には詰まっているのです。
「心」が無くて何の「藝」ですか!何の「藝術」ですか!
素晴らしい心とそれを表現する素晴らしい技術が、妙合して初めて「藝術」なのです。

市丸少将の「ルーズベルトに与える書」にこそ当時の日本人の総意が書かれている

1市丸少将
ご存じの方も多いと思いますが、硫黄島守備隊の市丸利之助海軍少将が最後の総攻撃の直前に書いた「ルーズベルトに与うる書」には、当時の日本人全体の考えが明確に記述されています。
手紙は配下の在日日系人の三上兵曹により英訳され、それを身に着け突撃死した村上大尉を通して米軍の手に渡り、数か月後アメリカの新聞に全文が掲載され大きな反響を呼みました。
この手紙の記述内容こそが、当時の日本人の総意の代弁なのです。
我々日本人は、永遠にそれを忘れず継承していきたいと思います。
【溝口口語訳】【三上兵曹の英訳文】【原文】を載せます。
よく吟味して拝読したいものです。

【口語文 溝口訳】 
ルーズベルトに与うる書
 日本海軍市丸少将が、フランクリン・ルーズベルト君に手紙を書きます。
 私は今、私の戦いを終えるにあたり、一言あなたに告げたいことがあります。
 日本がペリー提督の下田入港を機として、広く世界と国交を結ぶようになってから約百年、この間、日本国の歩みは困難を極め、自らは望まないのに、日清、日露、第一次世界大戦、満州事変、支那事変を経て、不幸にも貴国と交戦するに至りました。
 それらを見たあなたがたは、日本人が好戦的だとか、黄色人種の禍いであるとか、あるいは日本の軍閥の専断等としています。全く、考えが足りない的外れなものといわざるをえません。
 貴下は、真珠湾の不意打ちを対日戦争開戦の唯一つの宣伝材料としていますが、日本が自滅から逃れるためには、そうする他ない窮地にまで追い詰められた種々の事情は貴下自身が最もよく知っていると思います。
 畏くも日本の天皇は、皇祖皇宗建国の大詔で明らかなように、養正(正義)、重暉(明智)、積慶(仁慈)を三網とする八紘一宇という言葉で表現される天子の治のお考えに基づいて、地球上のあらゆる人々は、その自らの分に従い、それぞれの郷土で、幸せに暮らし、それにより恒久的な世界平和が確立されることを唯一の念願とされているのに他なりません。
 このことはかつて、
  四方の海皆はらからと 思ふ世に など波風の 立ちさわぐらむ
 という明治天皇の御製(日露戦争中御製)の歌が、あなたの叔父であるセオドア・ルーズベルト閣下により感嘆されましたから、あなたもまた良く知っていることでしょう。
 私たち日本人にはいろんな階級があって、さまざまな職業についていますが、皆等しく、おのおのがその職業を通じてこの天業をお助けする事を任じ承っているのです。
 私たち軍人も、戦いという方法で、この天業を広く推し進めることをさせて頂いています。
 私たちは今、豊富な物量をたのみとした貴下の空軍の爆撃、感砲射撃の下で、外形的には守勢にならざるをえませんが、精神的にはいよいよ豊かさを増し、心地はますます明るく朗らかになり、歓喜を抑えきれません。
 これは、天業を助ける信念に燃える日本国民の共通の心理ですが、貴下やチャーチル殿には理解できないでしょう。
私は、そんなあなた方の精神の貧弱さを可愛そうに思いますので、以下に一言で教え諭します。
 あなた方のすることは、白人、特にアングロサクソンが世界の利益を独占し、有色人種を、その野望の前に奴隷化することに他なりません。
 そのために、奸策で有色人種を騙し、いわゆる「悪意ある善政」によって心を迷わせ、無力しようとしてきました。近世になって、日本があなた方の野望に抵抗して、有色人種、ことに東洋民族をあなた方の束縛から解放させようとすると、あなた方は日本の真意を全く理解しようとせず、ひたすらあなた方にとって有害な存在であるとして、かつて友邦であった日本を仇敵の野蛮人として、公然と日本人種の絶滅を叫ぶようになりました。それは、あなたがたの神の意向に叶うものでしょうか?
 大東亜戦争によって、いわゆる大東亜共栄圏が成立すれば、各民族が善政を謳歌し、あなた方がそれを破壊さえしなければ、全世界にわたる恒久的な平和の将来も決して遠い未来ではないのです。
 あなた方はすでに充分に繁栄した事にも満足せず、数百年間のあなた方の搾取から逃れようとするこれらの憐れむべき人類の希望の芽を、何故、若葉のうちに摘み取ろうとするのでしょうか。
 ただ東洋のものを東洋に返すということに過ぎないのに、あなた方はどうして、そうも貪欲で狭量なのでしょうか。
 大東亜共栄圏の存在はいささかもあなた方の存在に脅威を与えません。むしろ、世界平和の一翼として、世界人類の安寧幸福を保証するもので、日本天皇の真意が、その外にはないことを理解する雅量を持つことを希望して止みません。
 ひるがえって欧州の情勢を見ると、相互の無理解による人類の闘争が、どれだけ悲惨なものか、痛嘆せざるを得ません。
 今、ヒトラー総統の行動の是非をいちいち非難はしませんが、彼が第二次世界大戦を引き起こした原因は、第一次世界大戦の終結に際して、その開戦の責任の一切を敗戦国のドイツに被せ、正当な生存権までを極度に圧迫した、貴方方の先輩の戦後処置に対する反発にあることは看過できない重要な事です。
 あなたがたが善戦してヒトラーを倒したとしても、その後、どうやってスターリンを首領とするソビエトロシアと協調するのですか?
 およそ世界は強者の独占するものだとするならば、闘争は永遠に繰り返され、最後まで世界人類に安寧幸福の日が来ることはありません。
 あなた方は今、世界制覇の野望が一応は成功しようとしています。あなた方が得意になっていることは想像できます。しかしながら、君の先輩であるウィルソン大統領は、その得意の絶頂の時に失脚したのです。
 私の言外の意を汲んで、同じ轍を踏むことがないことを願います。
                 市丸海軍少将


【三上兵曹による英訳文】
A Note to Roosevelt
Rear Admiral R. Ichimaru of the Japanese Navy sends this note to Roosevelt.
I have one word to give you upon the termination of this battle.
Approximately a century has elapsed since Nippon, after Commodore Perry's entry to Shimoda, became widely affiliated with the countries of the world. During this period of intercourse Nippon has met with many national crises as well as the undesired Sino-Japanese War, Russo-Japanese War, the World War, the Manchurian Incident, and the China Incident. Nippon is now, unfortunately, in a state of open conflict with your country.
Judging Nippon from just this side of the screen you may slander our nation as a yellow peril, or a blood thirsty nation or maybe a protoplasm of military clique.
Though you may use the surprise attack on Pearl Harbour as your primary material for propaganda, I believe you, of all persons, know best that you left Nippon no other method in order to save herself from self-destruction.
His Imperial Highness, as clearly shown in the "Rescript of the Founder of the Empire" "Yosei" (Justice), "Choki" (Sagacity) and "Sekkei" (Benevolence), contained in the above three fold doctrine, rules in the realization of "Hakko-ichiu" (the universe under His Sacred Rule) in His Gracious mind.
The realization of which means the habitation of their respective fatherlands under their own customs and traditions, thus insuring the everlasting peace of the world.
Emperor Meiji's "The four seas of the world that are united in brotherhood will know no high waves nor wind" (composed during the Russo-Japanese War) won the appraisal of your uncle, Theodore Roosevelt as you yourself know.
We, the Nippon-jin, though may follow all lines of trade, it is through our each walk of life that we support the Imperial doctrine.
We, the soldiers of the Imperial Fighting Force take up arms to further the above stated "doctrine". Though we, at the time, are externally taken by your air raids and shelling backed by your material superiority, spiritually we are burning with delight and enjoying the peace of mind.
This peacefulness of mind, the common universal stigma of the Nippon-jin, burning with fervour in the upholding of the Imperial Doctrine may be impossible for you and Churchill to understand.
I hereupon pitying your spiritual feebleness pen a word or two.
Judging from your actions, white races especially you Anglo-Saxons at the sacrifice of the coloured races are monopolizing the fruits of the world.
In order to attain this end, countless machinations were used to cajole the yellow races, and to finally deprive them of any strength.
Nippon in retaliation to your imperialism tried to free the oriental nations from your punitive bonds, only to be faced by your dogged opposition. You now consider your once friendly Nippon a harmful existence to your luscious plan, a bunch of barbarians that must be exterminated.
The completion of this Greater East Asia War will bring about the birth of the East Asia Co-Prosperity Area, this in turn will in the near future result in the everlasting peace of the world, if, of course, is not hampered upon by your unending imperialism.
Why is it that you, an already flourishing nation, nip in bud the movement for the freedom of the suppressed nations of the East.
It is no other than to return to the East that which belongs to the East.
It is beyond our contemplation when we try to understand your stinted narrowness. The existence of the East Asia Co-Prosperity sphere does not in anyway encroach upon your safety as a nation, on the contrary, will sit as a pillar of world peace ensuring the happiness of the world. His Imperial Majesty's true aim is no other than the attainment of this everlasting peace.
Studying the condition of the never ending racial struggle resulting from mutual misunderstanding of the European countries, it is not difficult to feel the need of the everlasting universal peace.
Present Hitler's crusade of "His Fatherland" is brought about by no other than the stupidity of holding only Germany, the loser of the World War, solely responsible for the 1914-1918 calamity and the deprivation of Germany's re-establishment.
It is beyond my imagination of how you can slander Hitler's program and at the same time cooperate with Stalin's "Soviet Russia" which has as its principle aim the "socialization" of the World at large.
If only the brute force decides the ruler of the world, fighting will everlastingly be repeated, and never will the world know peace nor happiness.
Upon the attainment of your barbaric world monopoly never forget to retain in your mind the failure of your predecessor President Wilson at his heights.

【原文】
ルーズベルトニ与フル書
 日本海軍市丸海軍少将書ヲ「フランクリン ルーズベルト」君ニ致ス。我今我ガ戦ヒヲ終ルニ当リ一言貴下ニ告グル所アラントス
 日本ガ「ペルリー」提督ノ下田入港ヲ機トシ広ク世界ト国交ヲ結ブニ至リシヨリ約百年此ノ間日本ハ国歩艱難ヲ極メ自ラ慾セザルニ拘ラズ、日清、日露、第一次欧州大戦、満州事変、支那事変ヲ経テ不幸貴国ト干戈ヲ交フルニ至レリ。之ヲ以テ日本ヲ目スルニ或ハ好戦国民ヲ以テシ或ハ黄禍ヲ以テ讒誣シ或ハ以テ軍閥ノ専断トナス。思ハザルノ甚キモノト言ハザルベカラズ
 貴下ハ真珠湾ノ不意打ヲ以テ対日戦争唯一宣伝資料トナスト雖モ日本ヲシテ其ノ自滅ヨリ免ルヽタメ此ノ挙ニ出ヅル外ナキ窮境ニ迄追ヒ詰メタル諸種ノ情勢ハ貴下ノ最モヨク熟知シアル所ト思考ス
 畏クモ日本天皇ハ皇祖皇宗建国ノ大詔ニ明ナル如ク養正(正義)重暉(明智)積慶(仁慈)ヲ三綱トスル八紘一宇ノ文字ニヨリ表現セラルル皇謨ニ基キ地球上ノアラユル人類ハ其ノ分ニ從ヒ其ノ郷土ニ於テソノ生ヲ享有セシメ以テ恒久的世界平和ノ確立ヲ唯一念願トセラルゝニ外ナラズ、之曾テハ

 四方の海皆はらからと思ふ世に
          など波風の立ちさわぐらむ

ナル明治天皇ノ御製(日露戦争中御製)ハ貴下ノ叔父「テオドル・ルーズベルト」閣下ノ感嘆ヲ惹キタル所ニシテ貴下モ亦熟知ノ事実ナルベシ。
 我等日本人ハ各階級アリ各種ノ職業ニ従事スト雖モ畢竟其ノ職業ヲ通ジコノ皇謨即チ天業ヲ翼賛セントスルニ外ナラズ 我等軍人亦干戈ヲ以テ天業恢弘ヲ奉承スルニ外ナラズ
 我等今物量ヲ恃メル貴下空軍ノ爆撃及艦砲射撃ノ下外形的ニハ退嬰ノ已ムナキニ至レルモ精神的ニハ弥豊富ニシテ心地益明朗ヲ覚エ歓喜ヲ禁ズル能ハザルモノアリ。之天業翼賛ノ信念ニ燃ユル日本臣民ノ共通ノ心理ナルモ貴下及「チャーチル」君等ノ理解ニ苦ム所ナラン。今茲ニ卿等ノ精神的貧弱ヲ憐ミ以下一言以テ少ク誨ユル所アラントス。
 卿等ノナス所ヲ以テ見レバ白人殊ニ「アングロ・サクソン」ヲ以テ世界ノ利益ヲ壟断セントシ有色人種ヲ以テ其ノ野望ノ前ニ奴隷化セントスルニ外ナラズ。之ガ為奸策ヲ以テ有色人種ヲ瞞着シ、所謂悪意ノ善政ヲ以テ彼等ヲ喪心無力化シメントス。近世ニ至リ日本ガ卿等ノ野望ニ抗シ有色人種殊ニ東洋民族ヲシテ卿等ノ束縛ヨリ解放セント試ミルヤ卿等ハ毫モ日本ノ真意ヲ理解セント努ムルコトナク只管卿等ノ為有害ナル存在トナシ曾テノ友邦ヲ目スルニ仇敵野蛮人ヲ以テシ公々然トシテ日本人種ノ絶滅ヲ呼号スルニ至ル。之豈神意ニ叶フモノナランヤ
 大東亜戦争ニ依リ所謂大東亜共栄圏ノ成ルヤ所在各民族ハ我ガ善政ヲ謳歌シ卿等ガ今之ヲ破壊スルコトナクンバ全世界ニ亘ル恒久的平和ノ招来決シテ遠キニ非ズ
 卿等ハ既ニ充分ナル繁栄ニモ満足スルコトナク数百年来ノ卿等ノ搾取ヨリ免レントスル是等憐ムベキ人類ノ希望ノ芽ヲ何ガ故ニ嫩葉ニ於テ摘ミ取ラントスルヤ。只東洋ノ物ヲ東洋ニ帰スニ過ギザルニ非ズヤ。卿等何スレゾ斯クノ如ク貪欲ニシテ且ツ狭量ナル。
 大東亜共栄圏ノ存在ハ毫モ卿等ノ存在ヲ脅威セズ却ッテ世界平和ノ一翼トシテ世界人類ノ安寧幸福ヲ保障スルモノニシテ日本天皇ノ真意全ク此ノ外ニ出ヅルナキヲ理解スルノ雅量アランコトヲ希望シテ止マザルモノナリ。
 翻ッテ欧州ノ事情ヲ観察スルモ又相互無理解ニ基ク人類闘争ノ如何ニ悲惨ナルカヲ痛嘆セザルヲ得ズ。今「ヒットラー」総統ノ行動ノ是非ヲ云為スルヲ慎ムモ彼ノ第ニ次欧州大戦開戦ノ原因ガ第一次大戦終結ニ際シソノ開戦ノ責任ノ一切ヲ敗戦国独逸ニ帰シソノ正当ナル存在ヲ極度ニ圧迫セントシタル卿等先輩ノ処置ニ対スル反撥ニ外ナラザリシヲ観過セザルヲ要ス。
 卿等ノ善戦ニヨリ克ク「ヒットラー」総統ヲ仆スヲ得ルトスルモ如何ニシテ「スターリン」ヲ首領トスル「ソビエットロシヤ」ト協調セントスルヤ。凡ソ世界ヲ以テ強者ノ独専トナサントセバ永久ニ闘争ヲ繰リ返シ遂ニ世界人類ニ安寧幸福ノ日ナカラン。
 卿等今世界制覇ノ野望一応将ニ成ラントス。卿等ノ得意思フベシ。然レドモ君ガ先輩「ウイルソン」大統領ハ其ノ得意ノ絶頂ニ於テ失脚セリ。願クバ本職言外ノ意ヲ汲ンデ其ノ轍ヲ踏ム勿レ。
 市丸海軍少将


松井石根大将こそが明治維新の後継者であり、アジアの志士である!

松井石根大将こそが明治維新の後継者であり、アジアの志士である!
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ピオ・デュランフィリピン国立大教授
アジアの大亜細亜主義者紹介①
         
 松井石根大将は、明治維新の意志を継続させ、アジア諸民族が民族自立権を獲得する「アジア維新」のために、一生涯をささげました。だから、インド、ベトナム、フィリピン、中国、満洲の救国の志士たちが、こぞって、松井大将が設立した「大亜細亜協会」に参加しました。
      フィリピンの独立の志士 ピオ・デュラン・フィリピン国立大教授の寄稿文
ピオ・デュラン教授が大亜細亜協会の月間会報『大亜細亜主義』第40号(昭和11年8月刊)に「大亜細亜主義運動と比律賓」
と題して寄稿した文を見れば、当時のアジ諸民族の日本への期待が明確に分かります。
以下は抄録です。
「大亜細亜主義は文明と共に古いものである。‥‥。 粗笨なる西洋物質主義の代弁者は、‥‥、是を葬り去らんとして来たのである。然るに二十世紀初頭に於て大和民族の子孫は、全人類を驚倒させる最大の犠牲に於て、西欧侵略の昂潮を阻止したのである‥‥。
 大亜細亜主義の精神が攻勢を見たるは、1905年満洲の広野に於てであった。また1905年5月27日午前三笠艦橋上に東郷提督の「皇国の興廃は此一戦にあり」の信号が掲げられたときは全亜細亜の運命が此の一戦に懸かっている事を亜細亜人は知っていたのである。若し此の一戦に於て東郷提督が敗れたならば、大亜細亜主義は恐らく此の地球上より完全に跡を絶ったであろうと思はれるのである。
 故に大亜細亜主義運動が新生命を持つに至ったのは日本人の犠牲に由るものだと言えるのである。随ってまた今日東洋に於て最も進歩し、また最も強大なる日本が大亜細亜主義運動を指導することは極めて当然であり、また最も適当な事である
 今や比律賓が東亜の独立国足らんとする時にあたり、我比律賓に於ても大アジア運動促進の為に比律賓大亜細亜協会を創立するに至ったのである。我々は日本の指導者の援助により、東亜の最も新しき国比律賓が現に猶ほ西欧の支配‥‥」
ビオ・デュラン

フィリピン独立を夢見、応援していた松井石根大将

フィリピン独立を夢見、応援していた松井石根大将
 戦前、松井石根大将がフィリピンの民族主義者や独立党(サクダリスタ党)のベニグノ・ラモス氏を支援したことは米国に知られていた。
 戦前既に、ピオ・デュランフィリピン国立大教授が顧問の「フィリピン大亜細亜協会(当然独立支援・本部会長松井大将)」も設立されていた。
 米国に心底恨まれたことは、東京裁判で直接関係のないフィリピン人検事に最も強烈な松井大将死刑要求をさせたことでもわかる。
 ※フィリピンの独立党関係者はほとんどが虐殺された。
 以下は公文書における記載。(※ユダヤ人居住区計画で有名な犬塚惟重海軍大佐は大亜細亜協会の理事で中核メンバーの一人)

●「比律賓独立党首領ラモス氏歓迎茶話会に関する件
(防衛省防衛研究所:海軍省-公文備考-S10-55-4869)
昭和11年4月16日(1936/04/16)
比律浜独立党首領ラモス氏歓迎茶話会
首領ラモス氏の歓迎茶話会を四月十五日正午ヨリ当協会に於て開催、中谷幹事より歓迎の挨拶 犬塚理事よりラムス氏の紹介ありて後ラムス氏より比律浜独立運動情勢につき説明あり、種々懇談を交換して三時半散会した。 当日の出席者左の如し 来賓 比島サクダリスタ党代表 ペニニオ・アール・ラモス氏、同秘書ラモン・パス・クレスポ氏、松井石根陸軍大将、犬塚惟重海軍大佐、福田良三海軍大佐、小林仁海軍大佐、加来止男海軍中佐、直井俊夫海軍少佐、竹藤峰治台湾大亜細協会理事、中谷武世法政大教授、佐藤忠雄外務省情報部第3課長」

以下は、『大亜細亜協会年報昭和9年3月』大亜細亜協会編(大亜細亜協会)昭和9年3月、『大亜細亜協会年報昭和11年4月~15年3月』大亜細亜協会編(大亜細亜協会)昭和11年4月至昭和15年3月から摘録。

●比律賓ビオ・デュラン博士歓迎会
昭和11年6月25日、京橋中央亭にて、比律賓国立大学教授ピオ・デュラン博士歓迎会を開催。松井評議員が挨拶。
P・デュラン、パグワン、松井石根、橋本、犬塚惟重、今岡十一郎、岸井寿郎、角岡知良、今牧嘉雄、福島喜三次、加来、井上靖、佐藤安之助、西田卯八、中原謹司、里屋武夫、下中彌三郎、西原矩彦
●昭和十一年度総会記念大講演会
昭和11年11月17日、総会に続き、明治神宮青年館にて大亜細亜主義講演会が開催。台湾大亜細亜協会幹事台北高商教授佐藤佐、早大教授杉森理事、満洲国大使館干静遠参事、比島国立大学ビオ・デュラン教授が講演。松井会頭挨拶。満洲国教育映画協会より提供の映画「亜細亜の暁」を鑑賞。
●比律賓ラウレル博士歓迎会
昭和12年4月19日、京橋中央亭にて、比律賓国立大学教授、前比島内務長官ラウレル博士の来朝の歓迎会を開催。松井会頭が歓迎挨拶。
ラウレル博士、松井石根、白鳥敏夫、鹿子木員信、佐藤安之助、酒井武雄、半田敏治、今岡十一郎、西田卯八、下中彌三郎、西原矩彦、中谷武世
●比島ヘラルド紙主筆M・フアロラン氏歓迎会 
昭和12年6月30日、丸の内会館にて、比律賓大亜細亜協会顧問、比島ヘラルド紙主筆モデスト・フアロラン氏の歓迎会を開催。
モデスト・フアロラン、松井石根、佐藤愛之助、犬塚惟重、稲原勝恰、江ノ沢、中谷武世
●橋本大佐外同人歓迎懇談会
昭和14年5月17日、麹町陶々亭にて、中支より帰還の橋本欣五郎大佐、比律賓大亜細亜協会顧問ピオ・デュラン氏、満洲建国大学中山優教授、比律賓大亜細亜協会望月音五郎氏、同今村栄吉氏、同浦上与一郎氏の歓迎を兼ね同人懇談会を開催。
橋本大佐が謝辞、出征感想を披歴、懇談。
橋本欣五郎、ピオ・デュラン、中山優、望月音五郎、今村栄吉、浦上与一郎、松井石根、村川堅固、加藤敬三郎、松井七夫、神田正種、松室孝良、芦沢敬策、橋本増吉、今岡十一郎、桜木俊一、福島喜三次、稲原勝恰、秋山昱禧、岩田愛之助、今牧嘉雄、神尾茂、西田卯八、高田鄰徳、多田武郎、瓜生喜三郎、今村忠助、影山知二、下中彌三郎、西原矩彦、中谷武世
●比律賓事情研究会
昭和15年1月24日、協会別室にて、来京中の木原次太郎比律賓マニラ駐在領事の歓迎の意を兼ね比律賓事情研究会を開催。
松井会頭が挨拶。木原領事が比律賓事情について報告。
木原次太郎、松井石根、菊池武夫、高木陸郎、橋本増吉、宅間重太郎、金ケ江清太郎、下中彌三郎、牧次郎、西原矩彦、中谷武世
●台湾大亜細亜協会 比島学生見学団歓迎会
昭和12年4月15日、鉄道ホテルにて、比島学生見学団歓迎会を開催。
竹藤幹事挨拶。比島側はヤナリオ氏、レーエス検事、ウンション嬢が謝辞・挨拶。余興場にて一行歓迎音楽舞踊の夕を催した。   
4月16日、比島学生見学団一行は内地見学のため出発。
●台湾大亜細亜協会 歓迎懇談会
昭和12年5月13日、鉄道ホテルにて、第五回台比水泳競技会出場の為来台した比島選手一行を迎え歓迎懇談会開催。
大沢幹事が挨拶。ナブレ・マリアノ比島代表が謝辞、種々懇談。望月音五郎比島大亜細亜協会会長が臨席。

愛知の慰安婦像展示について意見を述べます

愛知の慰安婦像展示について意見を述べます
 
批評の大前提
ある創作物、特に藝術と呼ばれるものに関して批評(批判や評価)、解説を行うということの大前提は、以下について判断するということです。
 ①その作者について →家族、生い立ち、民族、宗教、思想信条、性格
 ②その題材について →何を何の目的で
 ③その表現手法について→何をどの様に用い、動かして作ったか
 ④その時代背景について→どの様な思潮背景で、作品が何処に位置づけられるか
あり得ないですが、上記について反対意見がある方はしてください。(芸術について研究又は実践していない方の反論は無効ですのでご遠慮ください=悪意ではないです)

大前提における今次の問題
今、「慰安婦像設置の表現の自由」を言う人は③のみを強調し、あたかもそれ以外を自己の主張の正当化の為に無意識または故意に無視しています。
ですから、彼らの主張はとても公平・客観的なものとはいえず、一っ種の自己的なプロパガンダですから説得力はありません。。

私の愛知の今回の作品に対する試論
 試しに、慰安婦像が生まれた原因のほんの一部の一部だけを以下に論じてみます。
 慰安婦像は上記の①~④全般において明らかに朝鮮民族固有のスタイルを具有していますので、慰安婦像制作に至る、朝鮮民族の歴史的経緯で涵養された民族精神を語らなければ、その本質を知ることが不可能ということになります。そこで先ず①に関わる部分の歴史的に醸成された朝鮮民族の思考傾向から述べてみます。

 朝鮮民族が人種的にも文化的にも漢民族の影響下にありその辺境に位置していることは間違いがありません。
 良く知られているように、中国では中華思想、儒教的事大主義が社会秩序安定のための善であると信じられ強制されてきました。だからかの地では大人(上流階級)は小人(庶民)を打たなければらず、周辺異民族の名称にはケモノへんを付けなければならず、絵では大人は小人より大きく描かなければなりませんでした。社会制度だけでなく個人名も、本来あった民族固有名を捨て、中国風の趙、張、高、金、安、崔、李などの漢民族風の名前に完全に変えてしまいました。また、継続的に中国の貴人に自民族の美女を贈ったり、中国皇帝後宮の宦官になる男性を提供したというように民族のアイデンティティーを自ら喪失するように努力してきました。
 中国の辺境で獣扱いされないために事大主義・華夷思想の忠実な僕に徹しようとした半島人の事大主義・華夷思想は本家より更に硬直的で強烈となり国家・個人の処世、運営の基本となり国内では両班と庶民・奴隷間の強烈な差別、対外では、自分たちより中華から遠く中華圏に入らない日本を自己より下とする差別などを歴史的に維持しました。
 ところが日本が明治維新で変わり、古い宗主国の清朝と新しい宗主国候補のロシア帝国両方を戦いで破ると、事大主義に忠実に日本を次の宗主国としようとしました。しかし、日本は中国と違い、朝鮮人を日本人と同等の水準まで引き上げようとし、収奪するどころか全てを与えるよう努力しました。
 事大主義では存在どちらが上か下かが問題とされ平等というのは存在しませんから、朝鮮民族は日本人を名乗りアジア諸国、世界中で大きな顔ができますから喜びながらも、頭の理解・整理ができず混乱していました。
 ところが、日本が大戦で負け、米国に占領され国防力・憲法・言論の自由を奪われ世界中の白人国家の下になり、朝鮮人が併合時代馬鹿にしていた漢民族迄が戦勝国として大人の振舞いをするようになりましたので、新たな大人を探さなければならなくなりました。
 その結果が国民の半島南部のキリスト教への総改宗、米国への臣従、北部のソ連・中国への臣従などの無条件の西欧世界への服従でした。
 そしてそれと不可欠の一対なのが、日本を無理やり自分より下の地位に落とし込めることでした。
 日本が文化・道徳のない非人道の残虐な侵略者で、高邁な朝鮮から全てを奪ったという架空の仮説を設定し、自分が大人で日本が小人であるという体制を実現しなければなりませんでした。
 そのためには領土(竹島)も強奪し(大人であれば小人の物を強奪するのは当然だから)、日本語使用・日本の映画・文学の禁止(小人である日本の物は低劣で害悪だから)等々、実行で大小関係を明らかにしようと努力してきました。
 ところが、真実や実力の差は如何ともしがたく、国際的な日本の評価、地位は韓国・朝鮮より常に上で、相変わらず外国から見ると日本が大人で韓国・朝鮮が小人なので切歯扼腕してきました。
そんな彼らも冷静に日本を見た時、日本が中華皇帝、白人国王と肩を並べるどころか権威的に凌駕する天皇を頂き、白人の世界征服に一国のみで抗し、自己を顧みずアジアの諸国民の強化のために奮迅した事実を知り、自己の小さな精神的器では理解できず、日本精神が放つ崇高な光で眼がつぶれる思いがし、事実を直視できないでいます。
 そのような状況の中で「日本の評価を落とし自己の評価を上げる」「同時にゆすり・たかりで実利を得る」「支配層の庶民搾取体制を延命させる」「日本と韓国を仲たがいさせ社会主義者が漁夫の利を得る」等々一挙両得どころではない一挙五得位の妙案として採用されたのが「慰安婦像」なのです。

 以上、「慰安婦像」創出の民族情緒的動機についてかいつまんで述べてみました。
 
 そこで明らかになった事は、慰安婦像の創出源泉が、半島の方々が自己と日本を比べた場合に感じるあまりにも大きく埋めることのできない民度や歴史の差に基づく卑屈、ねたみ・そねみと、それを許さない中華思想の事大主義、華夷思想の両者の挟撃により生じた巨大熱量を持つ負的心理マグマにあることです。
 ですからそれは、人類普遍の価値を追求、視覚化させる芸術作品などではなく、単なる「民族差別・ヘイト」「当たり屋的ゆすり・たかり」「政治的プロパガンダ」の三要素が合体したものに過ぎないということです。
敷衍して言うならば、世界中に設置された、慰安婦像は人間の持つ「暗黒精神」の表象であるから、人を「不幸」へ誘う(いざなう)魔神像であり、その意味では全人類的問題であるともいえましょう。

結論
自己の利益の為に他者の名誉を棄損する捏造物語(=差別の根源)を視覚・聴覚伝達の手法で制作されたものは当然「芸術作品」ではありませんから、③の「表現」の自由云々をいうまえに、人権侵害、ヘイトの犯罪行為として展示禁止にするのは当然だということになります。

人間の自然な心の発意を殺すプロパガンダ作品をかざることは、作家に予定調和、忖度の創作姿勢を強制し、社会の多様性を貧しくさせます。
だからねつ造のプロパガンダは公的機関に展示してはならないのです。
私は、それを実地体験し、現在でもそれと対峙し批判している者です。

明戸隆浩
社会学者
1976年名古屋生まれ。東京大学大学院情報学環特任助教。AMSEA(東京大学・社会を指向する芸術のためのアートマネジメント育成事業)スタッフ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。
プロフィール

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Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修

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