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中国史への初歩的な勘違いを正す①「光は東方から」

中国史への初歩的な勘違いを正す①
日本人の中国史に対する勘違いが余りにも多く、又根深いので以後、何回か、簡単な基礎だけ連載します。
※内容は、考古学の成果を踏まえたもので私的な考えではありません。
①「光は東方から」
 日本人は東アジアで最古、最高の文明は「黄河文明」などと習いましたがそれはとっくに否定されています。
 実は、新石器時代が終わるまで東が文化先進地域なのです。
 後に「東夷」などと書かれたので、東が野蛮で、西(今の洛陽や西安)が進んでいたと考えるのは、全くの勘違いです。
 新石器時代初期の東アジアにおける代表的な文化圏は、①日本列島(縄文)、②遼河・黄河下流、③揚子江中下流、④黄河中流(所謂黄河文明の始め)があります。
 ずば抜けて6000年も古いのが①の縄文文化で、後はほぼ同時です。②は範囲が広く後の中華文明の要素の多くを育んだいたし、③も米作や多くの文化を要し、④は、他に比べれて特に特に優れた点はなかったのです。
 その④の黄河中流域が発達したのは、青銅や鉄、農業、石造りの構造物、文字(!)、政治制度、法律、商業など、メソポタミア文明発祥の文化がアーリア人等の西方民族の東進で移入され、強力な武力、政治力、経済力、文化力を得たからでした。
それらは、更に古い旧石器時代の東アジア地域における文化的東高西低を想像させます。(現に日本の磨製石器は世界最古とされています)
 以下、②の文化を簡単に時間列で列挙します。
龍信仰、鳥信仰、玉の重視、龜卜、八卦、太陽信仰等々の中華文明の多くの要素がそれらの文化で育まれたことが発掘で明らかになっています。
又、『山海経』などに記される古代帝王の闘いなどの神話の多くが書き文明地域を舞台としてます。
又、後の春秋戦国時代に儒教をはじめとする多くの思想が生まれたのも、斉(山東)などの下記のちいきでした。
後李文化 紀元前6500年~5500年黄河下流域、山東省
興隆洼文化紀元前6200年~5400年遼河流域、内モンゴルと遼寧省の境界付近
磁山文化 紀元前6000年~5500年黄河下流域、河北省南部
新楽文化 紀元前5500年~4800年遼河下流域、遼東半島
趙宝溝文化紀元前 5400年~4500年灤河流域、内モンゴル自治区から河北省北部
紅山文化 紀元前4700年~2900年遼河上流域、内モンゴル自治区・遼寧省・河北省 櫛目文土器。
大汶口文化 紀元前4100年~2600年黄河下流域、山東省・安徽省・河南省・江蘇省
龍山文化 紀元前 3000年~2000年黄河中・下流域
以上簡単に述べました。
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プロフィール

bokudoart

Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修

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