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明治初期南画家名簿3 「い」の部


伊草堂 ⑩ 善四郎 群馬 諸派混合
伊澤鶴年 ⑩ 九皋 花草 西京 鈴木派
伊澤●山 ⑩ 雄司 花草 東京 諸派混合
伊藤鴎外 ⑧ 28出雲国 南宗
伊藤鶴嶺 ④⑩ 儀平 山水 秋田縣 南宗
⑥伊藤儀平鶴嶺と號す羽後國雄勝郡湯澤町に住す沖田富士五郎の男なり弘化四年より學を高橋上總介に受く萬延元年より阿部鶴峯に學び其他小川庸謨乾坤舎如風大江匡邦平田延胤等に随て各種の道を學ぶ
伊藤鶴嶺 ⑧ 羽後国 南宗
⑥伊東順之助杏逸と號す尾張國名古屋區小舟町に住す伊東太逸の男にして明治元年五月生なり同十五年より畫を織田杏齋に學ぶ
伊藤郊煙 ④ 圭治郎 東京府 北宗
伊藤郊煙⑩ 圭二郎 山水 東京 北宗
⑥伊藤康太郎東岳と號す長野縣の人にして京都府下二條川東西寺町に寄留す伊藤々左衛門の男なり明治十四年より畫を安田老山に學ぶ
※伊藤老圃と同一?
伊藤耕洲④ 彌六  茨城縣 
⑥伊藤彌六耕洲と號す常陸國河内郡高田村に住す伊藤喜市の男にして嘉永五年七月生なり明治四年福島柳圃の門に入り六法を研究し同十一年關西諸國を遊歴す 
伊藤耕洲⑩ 彌六 茨城 南北合法 
伊藤松旭④⑩ 信秀 花草 東京府 北宗
伊藤深江⑩ 山水 長崎
伊藤翠雲④ 錞?次郎 愛知縣 南宗
⑥伊藤錞次郎翠雲と號す尾張國名古屋區鍋屋町に住す岩田清兵衛の男にして安政六年八月八日生なり畫を中野堯敎(號水竹)に學ぶ
伊藤翠雲⑧ 26尾張国 南宗
伊藤翠雲⑩ 錞次郎 花鳥 愛知 南宗
伊藤石峯④⑩ 小兵衛 花草 福島縣 北宗
伊藤竹軒⑧ 信濃国 南宗
伊藤楳溪⑩ 喜十郎 山水 大阪 南宗
伊藤柳洲④⑩ 和内 山水 新潟縣 南宗
⑥伊藤和内柳洲と號す越後國中蒲原郡五泉町に住す伊藤慶助の男にして文政十一年生五月なり畫を江村春睴に學び西京大阪攝津和泉岩城羽前羽後及び北陸道を遊歴す
④⑩  山水 新潟縣 南宗
伊藤老圃④⑩ 康太郎 山水 東京府 老山派 ●
伊東南谷④⑩ 茂一郎 人物 大分 北宗
伊東楳圃④ 宗作 静岡縣 南宗
伊東楳石④ 長三郎 静岡縣 南宗
⑥伊東長三郎梅石と號す遠江國敷知郡濱松菅原町に住す伊東善平の男なり嘉永元年より樋口彌右衛門(號思齋)の門に入り後山本琹谷に學ぶ
伊藤楳石⑩ 長三郎 山水 静岡 南宗
伊奈川秋嶽④⑩ 英 山水 福島 南宗
伊良子雪岳 三良衛 山水 西京 南宗
井田清太郎④ 梥壽 福井縣 北宗
井田菜壽⑩ 清太郎 花草 福井 北宗
井川豊洲⑧ 17豊後国 南宗
井澤梅陵④ 三郎兵衛 東京府 南宗
⑥井澤三郎兵衛梅陵と號す兵庫縣の人にして東京府淺草區松葉町に寄留す三宅新右衛門の男にして文化十年五月生なり畫を菅井岳助(號梅關)に學び陸奥渡島羽前上野等を遊歴す
井澤梅陵⑦ 東京浅草
井後楳雪④⑩ 哲五郎 山水 徳島縣 南宗
井爪丹岳④ 與次兵衛 和歌山縣 南北合法
井爪丹岳⑩ 與次 山水 岩山?誤植 南北合法
井筒傳治郎④ 森田金洲 大阪府 北宗
井筒金洲⑩ 傳二郎 山水 大阪 北宗
井村常山or百籟⑧ 44三河国 南宗
井上梧屋④⑩ 青梧 山水 徳島縣 南宗
井上梧丘④ 正治 福島縣 南宗
井上梧丘⑩ 正治 花鳥 福島 北宗
井上甲山④⑩ 虎次郎 山水 埼玉縣 南宗
⑥井上寅次郎甲山と號す武藏國秩父郡大宮郷に住す網野丈助の男にして天保十三年四月二十七日生なり安政四年より淺見學山に就き畫法を學び萬延元年より慶應三年迄金井研香に南派の畫法を學ぶ
井上秀石④⑩ 東雲 花草 埼玉縣 南宗
井上・春洋魚人④⑩ 不鳴 花草 徳島縣 南宗
井上石香④⑩ 自衛 山水 東京府 南宗
井上石香⑦ 東京二番町
井上竹逸④ 東京府 南宗
井上竹逸⑦ 東京下谷桜木町
井上野窓④ 來 福岡縣 南宗
井上野窓⑩ 來 山水 福島 南宗
井上蘭渓④⑩ 喜 山水 兵庫縣 南宗
⑥井上喜蘭渓と號す播磨國佐用郡櫛田村に住す井上三郎兵衛の男なり安政四年八月學を河野鉄兜に受け同五年二月畫を肥塚慎八(號南江)に學ぶ
居初雲峯⑧ 東京日本橋 南宗
⑥飯島二水員秀と號す信濃國埴科郡松代町に住す飯島敬喜(號神速軒)の男にして文政四年六月生なり幼より畫を好み谷文晁の門に入り後大西椿年に學び明治十年十一月より加藤半溪に随う
飯田・越國外史④ 博 新潟縣 南宗
飯田・越園外史⑩ 博 山水 新潟縣 南宗
飯田松坡④⑩ 新潟縣 山水 南宗
⑥飯田松坡越後國中頸城郡高田上藏町に住す天保九年十二月生なり畫を田島樵雲青木崑山の二氏に學び東西兩都二毛加越等を遊歴す
飯田稲香⑧ 18東京下谷上車坂町 南宗
飯田光峨⑦ 東京浜町
飯高九如④⑩ 為八 花草 静岡縣 南宗
飯高渓雪④ 勝彦 静岡縣 南宗
⑥飯高勝彦渓雪と號す駿河國益津郡田中町に住す飯高倫之助の養子にして天保六年六月生なり畫を榊原文翠に學ぶ
飯塚溪雪⑩ 勝彦 花草 静岡 南宗
飯塚一陽⑦ 東京本郷
⑥飯塚孫次郎香山と號す遠江國榛原郡大幡村に住す飯塚太郎(號粟谷)の男なり嘉永三年より九ヶ年間椿々山の遺墨を臨摹し福田半香山本琹谷平井三谷等に就き又渡邊小華の門に入り後曾我耐軒に随て芥子園畫傳芥舟學畫編を受く
飯野臥雲④ 既明 東京府 北宗
飯野臥雲⑩ ●(君に亢)明 花草 東京 北宗
依田友石④ 蒔多 京都府 南宗
家口醸山人④⑩ 醸 東京府 北宗 ●
家口醸山⑧ 東京麹町 南宗
五十嵐香壡?④ 麗景 新潟縣 南宗
五十嵐麗景⑩ 香壑 花草 新潟縣 南宗
五十嵐竹塢④⑩ 東京府 草花 南宗
五十川小帆④ 岩太 岐阜縣 南宗
五十嵐小帆⑩ 岩太 山水 岐阜 南宗
五十川柳洲④ 熊太 岐阜縣 南宗
五十嵐柳洲⑩ 熊太 山水 岐阜 南宗
五十川東山樵夫④ 岐阜縣 南宗
五十嵐東山樵史⑩ 準一 花鳥 岐阜 南宗
生駒柳崖④⑩ 武雄 山水 秋田縣 南宗
生井春坡④ 修齋 岐阜縣 南宗
⑥生井脩齋春坡と號す飛騨國大野郡高山町に住す生井文藏の男にして文政十一年十月八日生なり畫を日根對山に學び西京及東北諸國を遊歴す
生井春坡⑧ 56飛騨国 南宗
生井春坡⑩ 修齋 山水 岐阜 南宗
生澤杏村④ 瀧五郎(群とある) 埼玉縣 南宗
生澤杏村⑩ 瀧五郎 人物 埼玉縣 南宗
生野箕谷④⑩ 只次郎 山水 大分縣 南宗
池内蒹涯④ 美顯  南宗
池内蒹涯⑩ 美顯 山水 高知 南宗
池上榮一⑩ 山水 長野 諸派混合
池上玉江④⑩ 久助 山水 岡山縣 南宗
池島村泉④⑩ 正造 花草 長崎縣 南宗
⑥池島正造村泉と號す長崎區麹屋町に住す池島正助の男にして弘化元年七月十五日生なり畫を木下逸雲に學ぶ
池島村泉⑧ 41肥前国 南宗
池田雲濤⑩ 鴨平 水山 埼玉 南宗
池田煙崖④ 重太郎 長野縣 南宗
⑥池田重太郎煙崖と號す信濃國北佐久郡小諸町に住す池田小兵衛の男にして嘉永二年十月十七日生なり明治六年より畫を坂田鷗客に學び又清客胡銕梅に就て畫法を論究し三府兩野相模甲斐遠江三河尾張美濃及び鎮西諸州を遊歴す
池田煙崖⑧ 信濃国 南宗
池田雲崕⑩ 重太郎 山水 長野 南宗
③池田雲樵半仙と號す京都府上京區樵木町に住す池田政直の男なり畫を前田暢堂中西耕石の二氏に學ぶ大和紀伊播磨但馬近江美濃尾張三河信濃越後等を遊歴す嘗て畫を以て舊津藩藤堂家に仕へ山内家の噣に應し藤堂家所藏王建章十幅對を臨摹す後業を京師に開き明治十三年京都府畫學校出仕拝命同年九月南宗副教員拝命同十四年四月三等教員拝命同十五年内國繪畫共進會に於て褒狀を授與せられ又雲樵畫譜を著すを以て繪事著述褒狀を授與せらる
池田雲樵④ 半仙 京都府 南宗
⑤池田雲樵、京都府上京區第三十一組上樵木町、明治十七年第二回内國繪畫共進會第三區出品、銅章授賞
⑥池田雲樵半仙又鱧臍素雲と號す京都府府上京區樵木町に住す池田直政の男にして文政八年十月四日生なり年十歳畫を内海雲石に學び後前田暢堂中西耕石等に學び詩文を齋藤拙堂に學び嘗て大和播磨但馬山城紀伊美濃尾張三河越後信濃及三府を遊歴し畫を以て津藩に仕え明治十三年京都府畫學校出仕拝命同十四年同校三等教員拝命同十五年内國繪畫共進會に於て褒狀を授與せられ又京都府博覧會に於て屢賞牌を領受す
池田雲樵⑧ 60京都府 南宗
池田雲樵⑩ 半仙 山水 西京 南宗
池田鶴年④⑩ 寛造 花草 大分縣 南宗
池田湘江⑧ 29出雲国 南宗
池田紫洲⑧ 28肥後国 南宗
⑥池田真文春翬と號す播磨國美濃郡福井町に住す原文翬の男にして天保二年正月生なり畫を父に學ぶ
池田雪濤④ 鴨平 埼玉縣 南宗
池野閑曠④ 巖耀 新潟縣 南宗
池原日南⑦ 東京飯倉町 詩書画
⑥池村次郎梅江と號す東京府淺草區南元町町に住す池村唯平の男にして天保八年四月生まれなり畫を吉澤雪庵に學ぶ
諫山菽邨④⑩ 東作 花草 大分縣 南宗
石井雨霽園丹砂④ 健之助 山口縣 北宗
石井丹砂⑩ 徤之助 花草 山口 北宗
石井幸二④ 金陵 岡山縣 南宗
石井金陵⑩ 幸二 山水 岡山 南宗
石井晨山⑧ 29土佐国 南北合派
石井梅枝④ 山口縣 南北合法
石井梅技⑩ 花鳥 山口 南北合法
石井三峯④⑩ 熊吉 人物 愛媛縣 南宗
石井澹石④ 鹿吉 福岡縣 南宗
石井澹石⑩ 鹿吉 山水 福島 南宗
石井樂真⑧ 19安芸国 北宗
石尾松泉④ 源吉 大阪府 南宗
石尾松泉⑧⑩ 26大阪府 山水 南宗
石川筠谷④⑩ 利吉 花草 秋田縣 北宗
⑥石川正庸鶴陵又淡水と號す羽前國西田川郡鶴岡家中新町に住す石川圃作の男にして安政二年十月生なり初め畫を林文匡後安田老山に随い東京及び越後を遊歴す
⑥石川重道筠谷と號す羽後國南秋田郡川口上裏町に住す石川宇八郎の男にして弘化元年二月二十七日生なり畫を佐藤恭助(同じ秋田の和田翼亭の条では泰助とする)(號筠齋)に學ぶ
石川北谷④⑩ 文吉 花草 秋田縣 北宗
⑥石川熊太郎呉山と號す越中國上新川郡冨山鹿島町に住す石川長の男にして弘化元年十一月十五日生なり文久二年より畫を沙門鐵翁に學び慶應三年清國に渡航し胡公壽揚伯潤等に運筆の法を質し寧波紹興浙江杭州等を遊歴し會稽蘭亭西湖等の勝區を探り石門嘉興を經て上海淞江に至り明治三年歸朝し夫より内國諸州を漫歴す
石川熊太郎、冨山縣越中國上新川郡冨山鹿島町、明治十七年第二回内國繪畫共進會第三區出品、褒狀を授與される
石川渓鴎④ 勘蔵 函館縣 南宗
石川鴻齊⑦ 東京芝 詩書画
⑥石川定之助城山と號す下總國香取郡不馬村に住す石川傳兵衛の男にして安政二年十月生なり畫を服部波山福島柳圃の二氏に學び又嘗て經書歴史性理兵書等を修せり
石川晶齋④⑩ 田十郎 花鳥 静岡 北宗
石川竹雨④ 元造 福岡縣 南宗
石川竹雨⑩ 元造 山水 福島 南宗
⑥石川戈足柳城と號す尾張國名古屋區春日町に住す伊東耕齋の男にして弘化四年十月二十六日生なり出て石川古道の家を継ぎ明治九年以來美濃國厚見郡上加納村に寄留す曽て吉田稼雲を師とし畫法を學び稼雲死して後師に就かず屢京師に往來し日根對山中西耕石前田暢堂其他諸名家に交り山水の運筆用墨の法を錬磨し明治の初より山城大和河内攝津伊勢近江及び北越等を遊歴し復清人陳曼壽朱印然等の諸氏に接し畫を論究す
⑥石川進羅翠と號す陸前國仙台區南町通に住す石川重松の男にして文久三年五月生なり初め畫を茂庭竹泉に學び後瀧和亭に随う
石上博雲④⑩ 宗随 花鳥 福井縣 文晁派
石坂古洲⑩ 氏慣 人物 鹿児島 諸派混合
石坂徳二郎⑧    南宗
石佐錦水④ 函館縣 南宗
⑥石崎錦水と號す渡島國函館區會所町に住す越後國新潟區古町通二番町に住す石崎佐藏の男なり畫を行田泉正隆(號魁庵)に學び越後陸奥佐渡渡島を遊歴す
石崎錦水⑧ 57渡嶋国 南北合派
石田藍山④⑩ 隆助 花草 秋田縣 南宗
石田立斧④⑩ 幸作 山水 大分縣 南宗
石塚鐵楳④ 義闥 愛媛縣 南宗
石塚鉄楳⑧ 39伊予国 南宗
石塚鐵楳⑩ 義蘭 山水 愛媛 南宗
石野巖山④ 虎太郎 岡山縣 南宗
石野巖山⑩ 寅太郎 山水 岡山 南宗
石橋雪渓⑧ 42陸奥国 南宗
石原梅石⑧ 65肥後国 南宗
石原八面山人④⑩ 嘉十 花草 愛知縣 南宗
⑥石原嘉十八面山人と號す三河國幡豆郡長繩村に住す石原利雄(號廣葊)の男にして天保十四年六月生なり初畫を和田僊嶺に學び後岸連山日根對山等に學び紀伊大和伊賀に遊ぶ
石原横石④⑩ 虎三郎 花草 島根縣 南宗
石原蘭石④⑩ 山水 京都府 北宗
⑥石原蘭石泰翁面壁堂撫松園安子等の號あり京都府府下京區吉水町に住す石原教随の男にして文化七年十月二十日生なり畫貫名苞に學び山城攝津紀伊伊勢近江播磨等を遊歴し明治十五年古希以上の故を以て宮内省御用畫を命せられ賞金を下賜せられ明治十五年京都府畫學校出仕拝命
石松玉翠④ 新六郎 福岡縣 南宗
石松玉翠⑩ 新六郎 山水 福島 南宗
石丸石泉④ 三亭 東京府 山水 南宗
石丸僊舟④ 萬次郎 福岡縣 南宗
⑤石丸萬次郎、福岡縣、明治十七年第二回内國繪畫共進會繪事功勞褒狀を授與される
石丸僊舟⑩ 萬次郎 山水 福島 南宗
石本渓樵④⑩ 雪谿 花草 和歌山縣 南宗
泉 静倹⑧ 18越後国 南宗
泉 葍山⑩ 山水 大阪 南宗
⑥磯貝宗十樵谷と號す遠江國長上郡笠井村に住す磯貝米吉の男にして弘化四年三月二十二日生なり明治十三年より畫を池田雲樵に學び後小栗武十郎(號松靄)に随う
磯貝樵谷⑩ 宗十 山水 静岡 諸派混合
磯野松泉④ 七平 福岡縣 南宗
磯野松泉⑩ 七平 山水 福島 南宗
板垣銕香④ 宮城縣 南宗
板垣鐵香⑩ 山水 宮城 南宗
板倉援雲④ 清之助 島根縣 南宗
板倉援堂⑩ 清之助 花草 島根 南宗
板倉邦照④ 淺衛 大分縣 南宗
一丸李辰④⑩ 甚七 花草 大分縣 南宗
一見連城⑧ 19京都府 北宗
⑥一瀬佐介孤山と號す播磨國明石郡樽屋町に住す一瀬清八(號重玉)の男にして安政六年四月生なり明治十一年八月より畫を細谷立齋に學ぶ
市川莆逸⑧ 45遠江国 南宗
⑥市川左一郎莆逸と號す遠江國豐田郡永島村に住す市川久平(號柳和)の男にして天保四年四月生なり慶應元年より畫を小栗武右衛門(號松靄)に學ぶ
市川莆逸⑩ 左一郎 花鳥 静岡 諸派混合
⑥市橋龍太郎竹浦と號す加賀國江沼郡大聖寺法華坊に住す市橋亨の男にして安政五年五月生なり畫を東方元吉(號雙嶽)に學び師に随て能越を遊歴し後田中雪溪の門に入り四條派を學び又長田雲堂に就き南畫を學び又随て能登に遊ぶ
市原市二郎⑧ 17  南宗
市原松山④⑩ 大吉 花草 愛媛縣 南宗
市場翠蘭④⑩ シン 花草 長野縣 南宗 女
市村桑谷④ 源四郎 長野縣 南宗
市村桑石⑩ 源四郎 花鳥 長野 南宗
市山千山⑩ 山水 西京 南宗
稲岡天真⑧ 42因幡国 南宗
稲垣丘山④ 太郎 東京府 南宗 ●
稲垣太良 ⑥蘭圃と號す東京府本郷區本郷森川町に住す從五位稲垣太清の男にして安政六年六月生まれなり畫を瀧和亭に學ぶ 
稲垣蘭圃⑧ 東京本郷 南宗
稲垣丘山⑩ 太良 草花 東京 南宗 ●
⑥稲垣湛空梅花仙嶺道人又梅嶺梅仙と號す三重縣の人稲垣義空(號梅軒)の男にして天保九年十月生なり幼より畫を好み宮崎彌三郎(號青谷)に學び日根對山及び池田雲樵等に用墨運筆の要を質す
稲垣雙巌④⑩ 嵓 東京府 山水 南宗  ●
稲垣蘭圃⑧ 東京本郷 南宗
稲木拳山⑧ 49下野国 南宗
稲木淡遠・寰山④ 義傹 栃木縣 南宗
稲木淡遠⑩ 哀山 山水 栃木 南宗
稲田臥華④ 耕山 愛知縣 南宗
⑥稲田耕山臥嘉と號す三河國渥美郡東豐田村に住す稲田文笠の男にして嘉永六年十二月二十五日生なり畫を藤重凌雲渡邊小華の二氏に學ぶ
稲田耕山⑩ 臥草 花鳥 愛知縣 南宗
⑥稻葉彦六朝陽峯墨池と號す美濃國多藝郡石畑村に住す山畑與三右衛門(號拷幸室清暉)の男にして文政五年八月十一日生なり文政九年より六ヶ年間を御畫所預岸越前介岸竹駒に學び東西兩京和泉伊勢志摩尾張越前紀伊等を遊歴す
犬塚 極④ 蘭汀 山形縣 南宗
⑥犬塚極蘭汀と號す羽前國西田川郡日枝村に住す犬塚又兵衛の男にして文化十一年五月十六日生なり畫を川窪要人(號蘭涯)に學ぶ
犬塚蘭汀⑩ 極 山水 山形 南宗
犬塚松琴④⑩ 人物 熊本縣 南宗
③猪瀬東寧茨城縣の人にして東京府下谷區仲徒町に寄留す猪瀬光容の男なり嘗て京師に在て畫を日根野對山に學ぶ後東京に來り福田半香山本琹谷等の間に周旋し伊勢尾張三河伊豆武蔵上總下總常陸近江美濃信濃上野下野越後等の諸國を遊歴す明治十四年内國觀業博覧會に於て山水八曲屏風を出品し褒狀を領受し同十五年内國繪畫共進會に於て褒狀を授與せらる
猪瀬東寧④⑦⑧ 49東京下谷仲御徒町二丁目十二番地
⑥猪瀬東寧東京府下谷區仲御徒町二丁目に住す猪瀬光容(號古好)の男にして天保九年十月生なり畫を日根長(號對山)に學び後福田半香山本琹谷等に随ひ伊勢尾張三河伊豆武蔵兩總常陸近江美濃信濃兩野越後等を遊歴し明治十四年内國觀業博覧會に於て褒狀を領受す 
今井方山⑧ 讃岐国 南宗
今井梅梁 小藍⑧ 土佐国 南北合派
今井小藍⑧ 土佐国 南北
今井小藍⑩ 梅梁 山水 高知 諸派混合
今村椿園④ 信賢 東京府 山水 南宗
今井椿堂④⑩ 兵庫縣 花草 南宗
⑥今井椿堂別に●(人に●)羊山樵と號す播磨國佐用郡乃井野村の人にして多可郡中村町に寄留す三宅順治(號墨洗)の男にして今井久道(號手洗枕亭歌種)の家を繼ぐ幼より畫を好み島鵬(號琹陵)に随い六法の大要を質し明清名家の真蹟を模す嘗て區長又郡書記を勤む
今井楊州④ 彦次郎 大阪府 山水 南宗
⑥今井彦次郎楊州と號す和泉國大島郡深井村に住す今井主計の男にして弘化四年十二月十九日生なり畫を橋本雅園に學ぶ
今泉静山④⑩ 専助 人物 大分 北宗
③今尾景年京都府下京區御倉町に住す今尾仙果の男なり畫を鈴木百年に學ぶ大和丹波攝津近江等を遊歴す明治十三年京都府畫學校出仕拝命是より先同九年及同十二年同府博覧會に於いて賞狀并びに進歩銅牌を得又同十三年及同十五年同會に於いて妙技銅牌を領受し同年内國繪畫共進會に於て褒賞として銅印を授與せらる
今尾景年④⑩ 人物 京都府 北宗
⑤今尾景年、京都府下京區第三組御倉町、明治十七年第二回内國繪畫共進會第六區出品、銅章授賞
今尾三養⑩ 山水 西京 南宗
今川貳人④⑩ 徳治 山水 静岡縣 南宗
今西蓮葉④⑩ トキ 山水 徳島縣 南宗 女
今福雪樵④⑩ 元頴 神奈川縣 花草 南宗
⑥今福元頴雪樵と號す相模國高座郡中新田村に住す今福元芳(號風意)の男にして天保十五年七月十二日生なり畫を橋本素淳(號雪樵)に學ぶ
今福雪樵⑧ 43相模国 南宗
今橋半水④⑩ 自安 山水 高知縣 南宗
今村竹堤④⑩ 三十郎 山水 熊本縣 南宗
今村直峯⑩ 山水 山形 諸派混合
妹尾雲處④⑩ 利平 山水 愛媛縣 南宗
妹尾雲処⑧ 42讃岐国 南宗
妹尾春江⑩ 山水 島根 南宗
入江馬渓④ 秀吉 福岡縣 南宗
入江蘭室④⑩ 良七 兵庫縣 山水 南宗
入澤鼓洲⑧ 東京京橋 南宗
⑥入矢千代巌洲と號す岡山縣の人入矢在賢の女にして東京府神田區駿河臺東紅梅町川岸に寄留す文久三年三月生まれなり畫を瀧和亭に學ぶ
岩井王山民④⑩ 直吉 山水 高知縣 南宗
岩井静堂④ 照空 大阪府 南宗
岩井照空⑩ 静堂 山水 大阪 南宗
岩井蘭香④⑩ 京都府 人物 南宗
岩越鐵菴④⑩ 忠勝 山水 鳥取縣 南宗
岩越鉄庵⑧ 40東京四谷 南宗
岩崎鶴歸④⑩ 物部 山水 熊本縣 南宗
岩崎秋靄④⑩ 建治 山水 群馬縣 南北合法
岩崎春溪⑩ 山水 岡山 南宗
岩崎俊嶺④⑩ 安貞 山水 岡山縣 南宗
岩波松洲④⑩ 千尋 山水 長野縣 南宗
岩崎●(獣片に曳きに上点)齋④ 主馬 東京府 南宗
⑥岩崎主馬●(獣片に曳き)齋と號す東京府麻布區新網町に住す岩崎五郎八(號一舟)の男にして元治元年六月二十八日生まれなり畫を野村高明(號木風子文紹)に嘗て遠江國を遊歴す
岩崎●(獣片に曳き)齋⑥ 主馬 東京府麻布區新網町に住す。岩崎五郎八() 
岩崎●(獣片に曳き)齋⑩ 主馬 東京 
岩崎蘭香⑧ 15武蔵国入間郡川越本町 南宗
岩崎琴鶴⑧ 20東京本所 南宗
岩城龍泉⑩ 篤太郎 人物 西京 東宗
岩田閭石④⑩ 市次郎 花草 大分縣 南宗
岩田霞岳⑧ 59大阪府 山水 南宗
岩波其殘⑩ 錢二 山水 長野 諸派混合
岩間春渓⑧ 27美作国 南宗
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明治初期南画家名簿2 「あ」の部


⑥小豆澤亮一碧湖と號す東京府牛込區牛込津久戸八幡町に住す出雲の人小豆澤淺右衛門の男にして嘉永元年月生なり畫を中島來章に學び後安田老山を師として又横山松三郎に就き洋畫の法を學ぶ
⑥阿部寅藏柳所と號す下野國の人にして東京府神田區駿河臺南甲賀町に寄留す阿部只右衛門の男にして天保十二年四月十月生なり安政年間より畫を張嵐溪に學び越後羽前岩代常陸等を遊歴し明治四年東京府町會所雇にて亞墨利加桑港博覧會へ出張し米人の為に揮毫するもの頗る多し
⑥阿部正利芥舟と號す東京府本郷區春木町一丁目に住す阿部七郎の男にして弘化二年七月生まれなり畫を沼田正之(號荷舟)に學ぶ
⑥阿部彌一郎柳村と號す越後國新潟區東中通壱番町に住す阿部彌吉(號華堂)の男にして萬延元年四月生なり畫を本間榮(號翠峯)に學ぶ
会田愛竹 ⑧ 16?東京本郷 南宗
相川松琹 ④⑩ 花草 福島縣 北宗
相澤會山 ④⑩ 儀平 山水 埼玉縣 南宗
⑥相澤剛治積翠と號す陸前國黒川郡宮床村に住す相澤才助(號春城)の男にして弘化二年五月三日生なり安政五年より畫を荒川晴海に學び後喜田武一を師とす
相澤文石 ④⑩ 人物 東京府 北宗
相田東湖 ④⑩ 人物 福島縣 南宗
相原丘山 ④⑩ 志津太 山水 廣島縣 南宗
相場・陸相邦 ④ 邦之助 東京府 南宗
相場雲亭 ⑧ 20東京京橋 南宗 女?
合家栗荘 ④⑩ 照應 山水 大分縣 南宗
合葉快堂 ④⑩ 文岳 山水 愛媛縣 南宗
青木弘堂 ④⑩ 龍四郎 山水 埼玉縣 南宗
青木粛谷 ④ 彬宣 埼玉縣 南宗
⑥青木彬宣嘯谷と號す武藏國兒玉郡小茂田村に住す伊勢國の人環權之助の男にして青木半次郎の家を續ぐ嘉永三年十一月二十五日生なり幼にして學を齋藤拙堂に受け又畫技を嗜む然れども●?定師なく芥子園畫譜により黽強獨學す嘗て京師及中國を遊歴し又東京に住し房總の間に遊ぶ
青木嘯谷 ⑩ 彬定 山水 埼玉 南宗
⑥青木翠治翠山と號す上野國利根郡沼田村に住す青木勘七の
男にして天保十三年四月生なり安政三年より三ヶ年間畫を福田
半香に學び後ち(ママ)山本琹谷福島柳圃等を師とし越後信濃等
を遊歴す
青木翠山 ⑧ 翠治 43上野国 南北。
⑤青木翠治、群馬縣上野國山田郡東今泉村、明治十七年第二回
内國繪畫共進會第三區出品、褒狀を授與される
青木青葩 ⑧ 15上野国 南北
青木泉橋 ④⑩ 米太郎 山水 三重縣 南宗
青砥応一 ⑧ 50印旛国 北宗
青根竹泉 ④⑩ 花草 京都府 南宗
青山観水 ④⑩ 忠次 花草 石川縣 南宗
⑥青山忠次観水と號す加賀國金澤區上松原町に住す青山將監の男にして天保元年正月六日生なり畫を吉田平吉(號公均)に學び三府加賀越中能登等を遊歴す
青山含香 ④ 竹涯 大阪府 南宗
青山竹涯 ⑩ 含香 山水 大阪 南宗
赤地南風 ⑩ 春一 人物 廣島 諸派混合
赤星閑水 ⑧ 60肥後国 北宗
秋田雲映 ⑧ 19東京四谷 北宗
秋月石窓 ④ 殼? 大分縣 南宗
秋月石窓 ⑧ 41肥前国 南宗
秋月石窓 ⑩ 殻 山水 大分 南宗
秋馬華江 ⑧ 39大阪府 府南宗
秋元幽谷 ④ 政之助 新潟 南宗 
⑥秋山與一紅樹と號す伊豆國君澤郡安久村に住す鈴木宇右衛門の男にして秋山與三次の養子となる天保十四年十二月二十八日生なり明治十二年より畫を鈴木香峯に學び後福島柳圃に随い三府を遊歴す
秋山天老 ⑧ 甲斐国 南宗
⑥淺井康夫鷗雨と號す淡路國津名郡洲本下清水町に住す淺井茅海の男にして嘉永五年十一月生なり明治九年以降畫を細谷立齋(號六一山人)に學ぶ
淺井鴎甫 ⑩ 山水 兵庫 南
淺井春江 ④⑩ 鹿藏 山水 徳島縣 南宗
⑥淺井慶七郎誠中と號す尾張國名古屋區古出來町に住す淺井市右衛門の男にして天保九年十二月生なり畫を高倉孝文(號在靖)に學ぶ
淺井柳塘 ⑩ 山水 西京 南宗
淺岡篁城 ④⑩ 登志美 山水 神奈川縣 南宗。⑤淺岡登志美、神奈川縣相模國大住郡大山町、明治十七年第二回内國繪畫共進會第三區出品、褒狀を授與される
淺岡   ⑥淺岡登志美篁城と號す相模國大住郡大山町住す大澤純良の男なり畫譜に就て研究す
淺野錦洲④⑩ 源太 山水 大分縣 南宗
浅野翠塢④⑩ 粂次郎 山水 大阪府 北宗
浅野松江④ 京都府 南宗
⑥淺野松江美濃國中島郡堀津村に住す淺野平吉の女にして安政三年十一月十五日生なり嘗て畫を淺野老谷山内龍碩等に學び又詩文を佐藤牧山森春濤江馬天江等に學び明治十年以降谷如意前田半田田能村直入等に就て畫法を研究せり
朝川五龍④ 近脩 徳島縣 南宗
朝川五龍⑩ 近修 山水 徳島 南宗
朝長琴山 ④⑩ 東九郎 山水 長崎縣 南宗
⑥朝長東九郎琴山と號す肥前國東彼杵郡大村の人にして長崎區意美須町に寄留す朝菜が小兵衛の男にして弘化三円十一月五日生なり公務の餘暇畫を守山湘颿に學ぶ
朝原芳洲 ⑧ 播磨国 南宗
字島翠堂 ⑩ 卯太郎 山水 新潟 南宗
芦野龜齋 ⑩ 正義 人物 山口 雪舟派
味戸堯村 ⑧ 52岩代国 南宗
葦名蘆雪江 ④ 蘆洲 宮城縣 南宗
⑥葦名蘆洲蘆雪江と號す宮城縣の人にして東京府下谷區練塀町に住す葦名佐渡の男にして天保十三年正月生なり畫を東々萊大槻盤溪安田老山の三氏に學び東北六縣下を遊歴す
葦原眉山 ④ 愛知縣 南宗。⑤葦原眉山、愛知縣名古屋裏門前町、明治十七年第二回内國繪畫共進會第三區出品、褒狀を授與される ⑤明治十七年第二回内國繪畫共進會繪事功勞褒狀を授與される
葦原眉山 ⑧ 47尾張国 南宗
⑥葦原眉山阿波國名東郡徳島の人にして尾張國名古屋區南久屋町に寄留す小林藤七(號富玉)の男にして天保九年十一月二十六日生なり初め畫を沙門鐵翁に學び後古人の畫意を參酌す嘗て禪を脩し四方雲遊の際畫伯あれば其門を叩きて畫法を質し勝區あれば必之を縮寫し以て畫資とす
足立以雲軒 ⑩ 秋英 花草 大分 南蘋流
足立研樵 ⑧ 60近江国 南宗
⑥足立良太郎研樵と號す近江國高崎郡饗庭村に住す足立澹藏(號季忠又鶴陰)の男にして文政八年四月生なり畫を前田半田に學び奥羽を遊歴す
跡見花蹊 ④⑩ 花草 東京府 南宗。③跡見花蹊東京府神田區中猿樂町に住す攝津の人跡見重敬の女なり嘗て京都に在り畫を日根野對山に學ぶ畿内五國及美濃尾張の兩國を遊歴す明治八年女學校設立屢々召に應し  兩皇后御前に於て揮毫し又清國公使何如璋其他同國人及朝鮮人等と書畫亦詩を贈答す同十五年内國繪畫共進會に於て褒狀を授與せらる
跡見花蹊⑦ 東京猿楽町 詩書画 女
阿刀梅處④⑩ 圭峯 山水 徳島縣 南宗
阿部枕山④⑩ 山水 島根縣 南宗
阿部柳邦④ 彌一郎 新潟縣 南宗
阿部柳邨⑩ 彌一郎 山水 新潟 南宗
阿部色吉⑧
阿部閑山④⑩ 尚光 花草 東京府 北宗
阿部柳所④⑩ 寅藏 山水 東京府 南宗
阿保春林・小国⑧ 51飛騨国 南宗
天野桂屋④⑩ 喜三郎 山水 神奈川縣 南宗
⑥天野喜三郎桂屋と號す相模國高坐郡藤澤坂戸町に住す天野權左衛門(號宣道)の男にして天保九年五月生なり畫を荒川小右衛門(號羽民)に學ぶ
天野桂屋⑧ 相模藤澤 南北合派
天野香圃④⑩ 孫六 花草 静岡縣 南宗
天野瀬石④⑩ 松湖 人物 島根縣 南宗
天野好山⑧ 32武蔵国 北宗
天野鳴鳳④ 良雪 東京府 沈銓流
天野良雪⑩ 鳴鳳 花草 東京 沈銓派
⑥天野魯盧村と號す廣島縣の人にして東京府赤坂區赤坂臺町に住す天野廣三郎の男にして天保十三年二月生なり畫を木村耕巖に學ぶ
天野方壺④⑩ 吉 山水 京都府 南宗
⑥雨宮龜太郎蘭圃と號す甲斐國東山梨郡七里村に住す雨宮重左衛門の男にして慶應三年九月六日生なり畫を古屋琹雅に學ぶ
荒井柳披⑩ 人物 東京 諸派混合
荒川國周⑦ 東京浅草
③荒木寛一梅隠齋と號す東京府芝區豐岡町に住す荒木舜の男なり畫を寛快に學ぶ山城攝津丹波筑前肥前相模上野等を遊歴す明治十三年海軍省の為着色花鳥の圖を作る同十四年内國觀業博覧會に於て褒狀を兩受し同十五年内國繪畫共進會に於て褒狀を授與せらる
荒木寛一④⑩ 梅陰齋 人物 東京府 南宗
⑤荒木梅隠齋、東京府芝區三田豐岡町、明治十七年第二回内國繪畫共進會第三區出品、銅章授賞
⑥荒木梅隠齋寛一と號す荒木舜の男にして文政十年五月十日生なり畫を荒木寛快に學び山城攝津丹波筑前相模上野等を遊歴す明治五年五月宮内省御用御帳臺御帷え製繪し其十月奥國大博覧會へ出畫し褒狀を領受し同十二年十二月海軍省御用大畫二幅を調製し同十四年内國勸業博覧會に於て褒狀を領受し同十五年内國繪畫共進會に於て褒狀を授與せられ同十六年四月宮内省御杉戸え製畫し其七月  増宮御殿御座の間の製畫御用を勤む
荒木寛畝 達庵④⑧ 55東京日本橋 南宗 南北 
⑤荒木寛畝、東京府淺草區新平右衛門町、明治十七年第二回内國繪畫共進會第三區出品、銅章授賞 
⑥荒木寛畝達庵と號す東京府淺草區新平右衛門町に住す田中永周の男にして天保二年月六生なり十歳にして荒木舜の門に入り後師の嗣子となり高知藩主の繪師となり明治五年内國博覧會へ出品し賞狀を領受し同七年正院十三等出仕を命せられ同十年職を辭し川上寛國澤新九郎の二氏に洋畫を學び同十二年元老院御用に依て 皇太后宮御寫真を寫し同十五年宮内省御用により屢南北合法を以て松竹梅を作り又濱離宮に於て御席畫を勤む 
荒木達庵⑩ 寛畝 人物 東京 南北合法
荒木寛友④⑧ 鐸  35東京芝  南宗 南北
⑥荒木鐸寛友と號す東京府芝區三田豐岡町に住す嘉永二年十二月八日生なり幼より繪事に志し明清諸家の本を臨し南北の法を折衷す
荒木寛友⑩ 鐸 山水 東京芝 南宗
荒木銕操 ⑩ 山水 愛媛 南宗
荒木楳邨 ④⑩ 瀧三郎 花草 福岡縣 南宗
★有栖川熾仁 ⑦ 霞堂 東京永田町 詩歌書
有地含章 ④⑩ 九助 花草 山口縣 南宗
有塚抲栖 ⑩ 久平 人物 大阪 諸派混合
安宅白鶴 ④⑩ 權一 山水 徳島縣 南宗
安達梅洲 ⑩ 山水 大阪 南宗
安仁屋篠林 ⑧ 沖縄 北宗
安藤・號以號行? ④ 九華 大分縣 南宗
安藤貫山 ⑩ 山水 兵庫 南宗
安藤九華 ⑩ 山水 大分 南宗
安藤止堂 ⑩ 卯一郎 人物 山口 諸派混合
安藤小琴 ④⑩ 久兵衛 山水 愛媛縣 南宗
安藤石友 ④⑩ 傳三 山水 大分縣 南宗
安藤竹堂 ⑦ 東京?富士見町 書画
安藤夢梅 ⑦ 東京猿楽町 詩書画

明治初期南画家名簿1 参照文献

明治初期南画家名簿
「南画一覧」山本林松編 馬場白鳳堂  明治11年
「改正増補 南画一覧」」大国有誠編  明治12年
「現今大日本帝国書画人名表」清水斎刊  明治13年
「大日本現在名誉諸大家獨案内」中川編    明治13年
④「改正 絵画出品目録」農商務省版 国文社  明治15年
「第一回内國繪畫共進會出品目録」小栗秀全編  明治15年
「第一回内國繪畫共進會審査報告」農商務省  明治16年
③「第一回内國繪畫共進會審査報告付録」農商務省 明治16年
「第一回内國繪畫共進會審査報告弁言」農商務省 明治16年
「絵画共進会現存画家人名一覧表」広瀬藤助編  明治16年
「絵画共進会出品画家人名一覧」大槻勤寿編  明治16年
⑤「第二回内國繪畫共進會褒賞授与人名表」農商務省明治17年
「第二回内國繪畫共進會事務報告」 農商務省 明治17年
「第二回内國繪畫共進會會場獨案内」農商務省 明治17年
⑥「第二回内國繪畫共進會出品人略譜」農商務省 明治17年
⑦「絵画振起論並名家独案内」岡村清吉編 東京 明治17年
「現今東京名家謎語画題一覧表」清水編     明治17年
⑧「東洋絵画共進会出品目録」滝川守朗編 東京 明治19年
  東洋絵画共進会の出品者の目録である。「日本画」と言わず「東洋絵画」というのは国粋主義の勃興する直前の日本人の精神構造を表しており、その意味で意義有る展覧会であり出品者の思想にも更なる考察が必要であると考える。
「東洋絵画共進会出品目録」清水市兵衛編 東京 明治19年
「新撰古今書畫人名大全」相場七左衛門 長野 明治17年
⑩「現今日本画家人名録」赤志忠雅堂 大阪  明治18年
  東京で開催された第一回、第二回絵画共進会と大阪会場に出品した作家にそれらに出品はしていないが著名な作家が合わせて収録されている。ところが④や⑧の出品目録と作家の名前や住所に異同が多いので、記載の情報については他書との比較検証が必要となる。但し、共進会に未出品の画家の名が記載されているのは価値がある。
「東洋絵画共進会論評」清水市平衛  明治19年
「現今絵画名家略譜」栗原光一著 東京  明治23年
  第一回、第二回内国絵画共進会出品授賞者と絵画論文授賞者の名簿と小伝を掲載。
「第三回内國勧業博覧會第二部美術出品明細目録」 鈴木峯次郎編 東京 明治23年
「近世畫史」細川潤次郎著 東京     明治24年
●「繪畫品評會記事」秋田傳神畫會  明治25年
「文人畫家景況一覧三幅対」 廣瀬編  明治27年
④と⑩では二郎、次郎、治郎がそれぞれ入れ替わることが多い。④で「齋」は⑩では「齊」とある。④では義右衛門久右衛門清右衛門金左衛門安右衛門 等四文字ある場合「衛」は略されている。條左衛門が修左、
※齊・齋、崕・崖、峯・峰、鐵・銕、等は助・介、同じ字の異体であるので同意とする。※⑩は明らかな誤字も多いが④と元の原稿が違うのは明らかで、手書きの原稿を元に余り文人藝術に明るくない者が版を作り校正も余りされていないことも明らかである。 しかしながら⑩には④と違うソースからの独自の情報も多く参考としての価値があるので無視はできない。
※「小畠」「小畑」は「おばた」、「河野」は「こうの」へ統一。
 ・・・は千葉県、・・・は共進会に不参加の画家
 ・・・は複数の資料に掲載のある者
※①岩代と磐城の違いを明確に直す

南京の虐殺記念館のこと

南京の虐殺記念館のこと
南京の芸大の大学院に留学中に現地の若手画家7、8名と一月ほど一緒に研修する機会があった。中国人は宴会好きである。彼らは既に画家として活動している社会人で再研修として大学に来ているので特に楽しそうであり毎昼食が交代でおごる宴会となった。最初の食事で円卓を囲んだとき皆楽しそうであった。日本人は私一人だけである。自己紹介が終わった後、向かいに座っている解放軍にいる画家(中国では様々な場所に画家が居る。ちなみに私の妻は鉄道職員の画家であった)が議論したそうな不満顔で突然口を開き私に「あんたは虐殺記念館に行くべきである」と言った。日本人は犯罪者であり一緒したくないという意思の表示でもあった。周りの中国画家の顔色がかわり瞬間空気が悪くなった。
私は心中で一歩も引かない決心をし、はっきりとした口調で「よし、行こう!早速、明日君と一緒に行こうじゃないか」と快活に誘った。
わたしの言葉が予想外だったようで彼は黙ったが、周りの者達は皆笑い非常に嬉しそうに私と乾杯になった。
それからはより打ち解けて冗談も言い合い向かいの彼も楽しそうになった。
 それからは皆とても親しくなったが特に彼は私を見ると嬉しそうに友人として挨拶するのであった。勿論以後一回も彼は虐殺の話しはしなかった。

中国人との討論と元寇

日本の中国侵略と元こう
 中国留学時代のことである。自分の論文の中国語訳を町の店でパソコンに打ち込んでもらった時、文字の打ち間違いで小さな口論になった。私も計画の遅れからイライラし少し感情的になってしまい、若干無礼な態度をとってしまった。するとタイピストの女子は「貴方達日本人は中国を侵略した悪人であるから本来は店は歓迎しない。貴方を反中日本人として光明日報の友人に知らせる」などとまくしたてた。
私を「日本鬼子」にして、自分を被害者にして自己の立場を優位に持っていこうとしているようであった。
 私は、とっさにそれを論破しなければならないと思った。その時、以前日本のある中国研究者から、彼が中国で日本語を教えているときに学生から同じようことを言われたときに元が二回も日本を侵略した事があり日本だけが一方的に侵略したのではないと言ったら、非常に効果があったと聞かされていたのを思い出した。それを聞いた時は元こうは七百年も前だしモンゴル民族に隷属していた漢族はしかたなく日本にきたのだから言うほど効果はないだろうと思ったが、ダメもとで試しにみようと思い。「元は二度も日本侵略軍を起こし、大量虐殺を行ったから中国人も残虐ではないだろうか」と言った。彼女は反論できず「私の知り合いに政府系の新聞の記者がいる、貴方を彼に反中人物として告発する」などと関係ないことを叫んで互いの争いは終了した。
 そこの店の主人は女性の言い方に怒ったようで、「いつでも歓迎します」と言っていた。
 それで問題は終わったと思っていたら、数日後彼女が留学中の学校に現れ私に会いに来て、逆に何か親近感を感じているようで、しばらくはしょっちゅう私のところへ来た。
 それから学んだのは中国人との討論においては相手の知らないこと(特に国内では一切触れられない政治外交関係)をどんどんいう事が重要であるという事だ。 

二等寝台車での事

二等寝台車での事
二十五年位前の私の中国在住中の体験を日本人と共有するために記します。 
中国の二等寝台車は三段ベッドである。見知らぬ乗客同士でも即席の座談会を開き長い乗車時間を退屈せずに楽しく知識見聞を深める良い機会とすることがよくある。
 留学時代二等寝台車に乗ったとき、私は最上壇で横になっていた。近くで座談会が始まった。声が大きいので聞く気が無くても声は聞こえてくる。日本人が近くに居るとは知らずに日本を話題にし始めた。当時江沢民による反日愛国教育・宣伝が最も盛んなる時であったから、日本の侵略は本当に酷く日本人が嫌いであるという話しになった。
 すると最も年長であると思われる男性が口を開いた。
「日本軍が南京で30万人虐殺したというが、満州人が揚州を征服したときも30万人虐殺し、その後も全漢人に対し髪の毛を剃り満州人風の弁髪にしなければ首を切るといい実際に大勢の首を切ったのである。そんなことは中国の歴史ではしょっちゅうあったのであるがそれが大きく問題視されていないのは満州人はその後300年間中国を支配したからである。その間、満州人の統治を批判することは厳しく禁止され文字の獄も多かったのである。従って日本がもしも中国全土を征服し長期に統治したならばそれを最高として受け入れるのである。中国人とはそういうものである。」と言ったのである。それを聞いた先ほどの若者も一切反論せずなるほどそうかもしれないなという感じで納得し、話題は次に移っていった。

二等寝台車での事

●二等寝台車での事
 中国の二等寝台車は三段ベッドである。見知らぬ乗客同士でも即席の座談会を開き長い乗車時間を退屈せずに楽しく知識見聞を深める良い機会とすることがよくある。
 留学時代二等寝台車に乗ったとき、私は最上壇で横になっていた。近くで座談会が始まった。声が大きいので聞く気が無くても声は聞こえてくる。日本人が近くに居るとは知らずに日本を話題にし始めた。当時江沢民による反日愛国教育・宣伝が最も盛んなる時であったから、日本の侵略は本当に酷く日本人が嫌いであるという話しになった。
 すると最も年長であると思われる男性が口を開いた。
「日本軍が南京で30万人虐殺したというが、満州人が揚州を征服したときも30万人虐殺し、その後も全漢人に対し髪の毛を剃り満州人風の弁髪にしなければ首を切るといい実際に大勢の首を切ったのである。そんなことは中国の歴史ではしょっちゅうあったのであるがそれが大きく問題視されていないのは満州人はその後300年間中国を支配したからである。その間、満州人の統治を批判することは厳しく禁止され文字の獄も多かったのである。従って日本がもしも中国全土を征服し長期に統治したならばそれを最高として受け入れるのである。中国人とはそういうものである。」と言ったのである。それを聞いた先ほどの若者も一切反論せずなるほどそうかもしれないなという感じで納得し、話題は次に移っていった。

蔡元培著作目録

蔡元培著作目录
1 蔡元培自述(蔡元培著) 传记文学出版社 民国67 2 中国伦理学史(蔡元培著) 台湾商务印书馆 民国70 3 蔡元培教育论著选(蔡元培,著) 人民教育出版社 1991 4 蔡元培先生全集.续编(蔡元培著) 台湾商务印书馆股份有限公司 民国80 5 中国伦理学史(蔡元培著) 上海书店 1984 6 蔡元培自述(蔡元培, 著) 传记文学出版社 民国56 7 蔡元培语萃(蔡元培, 著) 华夏出版社 1993 8 蔡元培随想录 : 人生的启示(蔡元培, 著) 山西高校联合出版社 1994 9 文化融合与道德教化 : 蔡元培文选(蔡元培,著) 上海远东出版社 1994 10 蔡元培文集(蔡元培, 著) 锦绣出版事业股份有限公司 1995 11 蔡元培选集(蔡元培,著) 浙江教育出版社 1993 12 中国伦理学史(蔡元培,著) 东方出版社 1996 13 蔡元培学术文化随笔(蔡元培, 著) 中国青年出版社 1996 14 张元济蔡元培来往书信集(张元济, 著/蔡元培, 著) 商务印书馆(香港)有限公司 1992 15 商务印书馆九十年 : 我和商务印书馆(蔡元培著/蒋维乔著/庄俞著) 商务印书馆 1987 16 蔡元培语言及文学论著(蔡元培著) 河北人民出版社 1985 17 玄圃论学集 : 熊十力生平与学术(蔡元培著) 三联书店 1990 18 蔡元培选集(蔡元培著) 中华书局 1959 19 蔡元培论科学与技术(蔡元培著) 河北科学技术出版社 1985 20 蔡元培全集(蔡元培, 著) 浙江教育出版社 1996 21 中国现代学术经典,蔡元培卷(刘梦溪主编) 河北教育出版社 1996 22 蔡元培学术论著(蔡元培,著) 浙江人民出版社 1998 23 国立北京大学中国民俗学会民俗丛书.101,美育代宗教说(娄子匡编/蔡元培,著) 东方文化书局 1973 24 国立北京大学中国民俗学会民俗丛书.121,妖怪学讲义(娄子匡编/蔡元培著) 东方文化书局 1974 25 国立北京大学中国民俗学会民俗丛书.141,中国伦理学史(娄子匡编/蔡元培,著) 东方文化书局 1974 26 国立北京大学中国民俗学会民俗丛书 : 专号.(2),民族篇(娄子匡主编/蔡元培,著) 东方文化书局 1976 27 蔡元培张元济往来书札(蔡元培,著/张元济,著) 中央研究院中国文哲研究所筹备处 民国79 28 蔡元培美育论集(蔡元培/高平叔) 湖南教育 1987 29 蔡元培哲学论著(蔡元培/高平叔) 河北人民 1985 30 蔡元培美学文选(蔡元培著) 北京大学出版社 1983 31 蔡元培全集(蔡元培著/高平叔编) 中华书局 1984 32 蔡元培政治论著(蔡元培/高平叔) 河北人民 1985 33 石头记索隐(蔡元培著/胡适著) 北京大学出版社 1989 34 孑民自述(蔡元培著) 江苏人民出版社 1999 35 蔡元培美学文选(蔡元培,著) 淑馨出版社 1989 36 中国伦理学史(蔡元培,著) 商务印书馆 1998 37 未能忘却的忆念 : 《宇宙风·自传之一章》《人间世·名人志》合集(蔡元培著) 上海古籍出版社 1999 38 中国伦理学史(蔡元培,著) 商务印书馆 1999 39 蔡元培民族学论著(蔡元培, 著) 台湾中华书局 5/12 40 蔡元培教育论集(蔡元培, 著) 湖南教育出版社 1987 41 简易哲学纲要(蔡元培编) 商务印书馆 民国13 42 哲学要领(科培尔讲) 商务印书馆 民国8[ 43 哲学大纲(蔡元培编纂) 商务印书馆 民国10 44 中国伦理学史(蔡元培著) 上海商务印书馆 民国26 45 美术的起源 : 学术讲演录(蔡元培著) 4414 46 中国伦理学史(蔡元培编) 商务印书馆 民国16 47 石头记索隐(蔡元培编纂) 商务印书馆 民国23 48 伦理学原理(蔡元培编译) 商务印书馆 民国8年 49 张菊生先生七十生日纪念论文集(胡适编辑/蔡元培/王云五编辑) 商务印书馆 民国26 50 蔡元培书信集(蔡元培, 著) 浙江教育出版社 2000 51 文明的呼唤 : 蔡元培文选(蔡元培,著/聂振斌选注) 百花文艺出版社 2002 52 大学精神 : 五四前后知识分子论大学精神之经典文献(蔡元培,著/胡适,著) 立绪文化事业有限公司 民国90 53 哲学大纲(蔡元培编纂) 商务印书馆 民国15 54 中国伦理学史(蔡元培编) 商务印书馆 民国17 55 现代教育思潮(吴敬恒主编/蔡元培主编/王云五主编) 商务印书馆 民国20 56 我在北京大学的经历(蔡元培,著) 湖北人民出版社 2003 57 中国新文学大系导论集(蔡元培著) 良友图书公司 民国34 58 蔡元培讲演集(蔡元培,著) 河北人民出版社 2004 59 王国维 蔡元培 鲁迅点评红楼梦(王国维,著/蔡元培,著/鲁迅,著) 团结出版社 2004 60 中国伦理学史(蔡元培,著) 商务印书馆 2004 61 蔡元培自述(蔡元培,著) 河南人民出版社 2004 62 蔡孑民先生言行录(蔡元培,著) 广西师范大学出版社 2005 63 蔡元培自述(蔡元培(Cai Yuan Pei ,)著) 传记文学出版社 民国

戦前期の日本と中国の作家の合同美術展

戦前期の日本と中国の作家の合同美術展について
近代以降の美術家は自己の創作を発表し世間に認められ社会の形成に参加する方法として、展覧会開催を最も多く利用してきた。
展覧会には自己のみの個展、数名の同志とのグループ展、外部に門戸を開く公募展とある中で、作家にとりどのような展覧会とどのように関わるか自体が創作スタイルに含まれる重要な課題であることは間違いがない。
維新前の日本の文化は主に国を文化の宗主としてきた。
1920年代、つまり日本の大正10年から昭和4年にかけては、日本と中国の間での美術交流がもっとも盛んな時期であった。
それを代表するのが上海における石野哲弘による「中日美術協会」の設立と同協会による「中日連合美術展覧会」の開催
、および「中日美術会館」建設計画、大村西崖、呉昌碩、王一亭などによって日中両国の美術交流の場として建設された「西湖有美書画社」、大村西崖による、当代中国絵画と画家略伝を編集した『禹域今画録』の刊行、渡辺晨畝と荒木十畝傍の発案で1921年から1929年まで5回にわたって中国と東京で交互に開催された「日華(中日)絵画連合展覧会」、さらに第4回日華絵画連合展覧会の準備の過程で、以後、同展覧会を拡大して日中ともに二都市で開催すること、および北京に「東洋美術研究室」を開設する拡充案がでてきて、それをきっかけに1926年に設立された「東方絵画協会」である。
 「中日美術協会」は雑誌『中日美術』を刊行し、評議員、特別会員に中国では康有為、張継、鄭孝胥、王一亭、劉海粟、鄭錦、高剣父など、日本では正木直彦、伊集院彦吉、犬養毅、渋沢栄一、団琢磨、山本悌二郎、高村光雲、岡田三郎助、藤島武二、堂本印象など政財界および美術界の知名士多数を擁して、一時は盛んな活動をした。
 5回にわたった「日華絵画連合展覧会」は、日中両国の当代絵画を双方に紹介した最初の展覧会であった。しかし、今日ではそれらの団体、展覧会が存在したこともほとんど忘れられている。
参考資料
『明国期美術学校畢業同学録、美術団体会員録集成』鶴田武良編 和泉市久保惣記念美術館
『1911-1949中国美術期刊過眼録』 許志浩著 上海書画出版社
『中国美術社団漫録』許志浩著 上海書画出版社
『近代中日絵画交流史 比較研究』 陳振濂 安徽美術出版社

辛亥革命前後の中国における「中西結合派」の留学先

辛亥革命前後の中国の美術界においては、西欧と中国の技法を合成させようとする「中西結合派」と伝統技法を守ろうとする「伝統派」に分かれた。「中西結合派」は積極的に欧米日本に留学をした。その一部を以下に記す。
①欧米と日本へ留学
徐悲鴻(江蘇・宜興)、呉冠中(江蘇・宜興)、劉海粟(江蘇・武進)、顔文?(江蘇・蘇州)、呉作人(江蘇・蘇州)、?薫?(江蘇・常熟)、呂斯百(江蘇・江陰、
②欧州へ留学
李?士(江蘇・武進)、張安治(江蘇・楊州)、周湘()、林風眠()、關良()、李超士(1912)、
③日本へ留学
陳師曽(1903)、高劍父(1903)、姚茫父()、李叔同(1905)、曽考谷(1905)、陳樹人(1907)、高奇峰(1907)、何香凝(1907)、黎萬民(1908)、王道源(1912)、陳抱一(1913)、黄土水(1914)、汪亞塵(1016)、王悦之(1016)、關良(1917)、陳之佛(1918)、朱?瞻(1918江蘇・太倉)、衛天霖(1920)、丁衍庸(1920)、滕固(1921)、張善孖(1921)、張大千(1921)、豐子愷(1921)、倪胎徳(1927)、許幸之(1927江蘇・楊州)、李梅樹(1928)、方人定(1929)、謝海燕(1930)、劉汝醴(1933江蘇・蘇州)、傅抱石(1933)、王式廓(1935)、錢痩鐵(江蘇・無錫)、
④留学経験無し
呂鳳子(江蘇・丹陽)、錢松嵒(江蘇・無錫)、李可染(江蘇・徐州)、⑤その他
謝海燕()、李劍晨
プロフィール

bokudoart

Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修

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