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ラマンチャの男でドン・キホーテが歌う「the impossible dream」の歌詞は戦前戦中の日本人の心を表している気がしてなりません

ラマンチャの男でドン・キホーテが歌う「the impossible dream」の歌詞は戦前戦中の日本人の心を表している気がしてなりません。
日本の心を取り戻すために戦う同志に贈ります。【溝口訳「かなわぬ夢」】
持て  かなわぬ夢を
戦え  無敵の敵と
耐えろ 耐れぬ悲しみを
走れ  勇者も行けぬ地を
正せ  救いえぬ悪を
愛せ  遠くから純潔で
やれ  疲れた時こそ
届け  届けえぬ星へ
これこそが我が道だ、あの星を追いかけるために...
望みが無かろうと、遠かろうと構わない.
正義のために戦え 信じて休まず.
地獄でさえ喜び行く、天の意志ならば
私だけが真だと分かれば、この輝く道が、
私は心安らかに横たわり
そして人生を終えるだろう
そして、世界はこれでより良くなる
この男は軽蔑され、傷だらけにされた
それでもやる、最後の勇気を絞り出し
届け 届かぬ星へ.
To dream the impossible dream
To fight the unbeatable foe
To bear with unbearable sorrow
To run where the brave dare not go
To right the unrightable wrong
To love pure and chaste from afar
To try when your arms are too weary
To reach the unreachable star
This is my quest, to follow that star ...
No matter how hopeless, no matter how far ...
To fight for the right, without question or pause ...
To be willing to march into Hell, for a Heavenly cause ...
And I know if I'll only be true, to this glorious quest,
That my heart will lie peaceful and calm,
when I'm laid to my rest ...
And the world will be better for this:
That one man, scorned and covered with scars,
Still strove, with his last ounce of courage,
To reach ... the unreachable star ...
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利他の大精神で、東京大空襲、原爆投下の日本人庶民大虐殺の非を説くべきである

母親から、東京大空襲の経験は少し聞いてきた。
 本当に恐るべき大虐殺で、若い男性が殆ど不在で、婦女子・老人が木の家に住む庶民居住区の下町に、焼殺し用の焼夷弾をばらまき1夜で10万人以上を殺したのは、広島、長崎への原爆の死者30万人と合わせて、人類史に残る卑劣な大犯罪だ。
 全ては白人優位・有色人種劣位思想のもとでの白人の西進によるアメリカ大陸征服、ハワイ征服、太平洋制覇の帰結としての日本人大虐殺であった。
 シャイアン、スー族など奴隷になる事を拒否し自由・独立を守るため白人に反抗した勇敢で善意に満ちた有色人種を大虐殺し、その精神を砕き、自虐させ民族を消滅させた悪行と全く同じことだ。
 彼らは、自己の欲望達成のための野蛮な虐殺犯罪を隠すため、逆に白人の頭をはぐ野蛮なインディアンという嘘を流布したのと全く同じく野蛮な日本人という嘘を広めてた。
 その白人たちの側に立ちアジア人を裏切ったのが中国だ。勿論中国にもアメリカにも特に庶民にはまともな人も多くいたがいかんせん無力であった。
 我々は、先人が白人の世界侵略に勇敢に立ち向かい、結果として大虐殺された事実を直視し、それを恨みつらみで訴え報復するのではなく、堂々たる、利他の大精神のもとに、受けた痛み、相手の非を述べ、相手の良心を引き出し、改心へと善導し、未来の世界の良化に貢献すべきである。
 それが、亡くなられた方々への供養になると、私は思う。
https://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20190310-567-OYT1T50134.html

戦後インドネシア独立のために戦い死刑となった、興亜専門学校学徒出陣の花機関員の遺書

 私の父は戦時中、インドネシアの独立支援を行う海軍特務機関、花機関員として興亜専門学校(現亜細亜大)から学徒出陣した。
 責任者で興亜専門学校で講演し学生の志願をも収した吉住留五郎は戦後、独立軍一個師団を率いオランダ軍と戦ったが1948年、東ジャワの山中で戦病死した。
 父の同級生の何人かはインドネシアに残り独立戦争に参加したが、オランダ軍に捕えられ不当な裁判で有罪、処刑された。
以下に遺書と辞世の句を載せる。
吉住留五郎
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金井清機関員・遺書
私の一生
 私は大正14年1月1日懐かしの故郷に生る。爾後御両親を始め御薫陶を受け19才に達す。
 日本人に生れ殉皇の心情切実のものあり。愛国心に燃へ勇躍南洋に向ふ。以後一死奉公の道を尽す。
 ああ然し理想半ばにして十五日の大詔に接す。感極り何ら言ふ所なし。国敗れて愛国の情益々深し。
 同志畑田、池田兄等と語らひ亜細亜民族の一員たる新興印度ネシヤ国家の独立運動に挺身すべき事に決す。ああ然し其壮図も空しく敗れ現在に至る。
 昭和22年3月28日空に一点の雲なき日本晴の朝、異国人に囲まれて軍事法廷にて休戦条約違反敵対行為により死刑の宣告を受く。
 自分の信念に基き行動したる事に依り死刑なりとも何ら悔ゆる事なし。むしろ信念通り行動し得た喜びを心の内に感じ非常に愉快なり。たとへ此の身は南溟の白露と散ずるとも、魂は永遠不変に貫き生きる事を確信す。
 神が私に対し授けて下さった使命を全うし得た喜びを感じ、従容として死に赴く事が出来るのであります。
 御両親様始め皆々様よ。たとへこの身はセレベスの土と化せんとも短き二十三才の一生を顧みて非常に幸福なり。私は其幸福感に包まれて祖国の弥栄と皆々様の御幸福を祈りつつ暁の白露と散ず。これぞ大和男子の本懐なり。
  国敗れて山河荒れ 海はあせなん世なりとも
      君に尽さん其の心 これぞ誠の大和魂
昭和22年6月17日
 明後日午前7時死刑執行の通報に接す。かねて覚悟の上にて心身の動揺さらになし。むしろ残る一日を如何に有意義に送るかを考へる。いよいよ日本男児として最後の御奉公の機来れり。立派に成就せん事を心に誓ふ。 以上
謹啓
 大変長期に亙り御心配をお掛け致しましたが今日6月19日午前7時30分日本人として堂々と散って行きます。
 祖国の弥栄を祈り君が世を奉唱しつつ暁の白露と散りて行く私の姿を御想像下さい。
 心身に一点の雑念なし。心に身の潔白を堅持し、短き二十三才の一生に於て神が私に授けて下さった使命を全うし得た喜びを心に感ず。
 祖国の再建と御両親を始め皆々様の御多幸を祈りつつ南溟の白露と散ることの出来る私は実に幸福且本望であります。
 最後に私は日本男子として死に赴く事を誓ふ。 敬具
  死して尚 君に尽さむ益良男の
       心は祈る 国の弥栄(いやさか)

スカルノ大統領が建立した日本人のインドネシア独立英雄の石碑

 1945年8月16日、インドネシア独立宣言の前日、宣言起草に参加したのは、スカルノ、ハッタ、スバルジョと日本人の前田精、西嶋重忠と花機関責任者の吉住留五郎であった。
 東京港区の青松寺に1958年日本との平和条約締結を記念しスカルノ大統領が、独立に尽力した二人の日本人を顕彰し建立した記念碑がある。
以下碑文邦訳
 市来龍夫君と吉住留五郎君へ
 独立は一民族 のものならず全人類のものなり
  1958年8月15日    東京にて スカルノasia-in06.jpg
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亜細亜主義者、松井石根大将の退役後のアジア諸国独立への努力

松井石根大将は南京占領後退役すると大亜細亜協会会長としてアジア民族独立への支援を全国で呼びかけていたが、大東亜戦争が勃発すると、アジア民族独立・解放の戦でなければなぬと考え、大日本興亜同盟が改組した大政翼賛会興亜総本部の総裁に就任し、ヴェトナム、フィリピン、インドネシア、インド、ビルマの独立運動を強力に支援した。
以下
●フィリピンは大亜細亜協会を創立し、ベニグノ・ラモスのサクダリスタ党の独立運動を大亜細亜協会の犬塚惟重海軍大佐を通じて協力に支援し、リカルデ将軍も支援した。
●インドネシアは旧知のスカルノ、ハッタ両氏を支援した。
●ビルマは、アウンサンらタキン党の30人組を支援する「南機関」と連携し、軍や政府に独立許容促進を運動した。
●インドは、大亜細亜協会メンバーのラシュ・ビハリ・ボースが、A・M・ナイル、サハイ、パンディらをひきいてバンコクに進出し「自由インド独立仮政府」を組織して活動している。
●ベトナム独立では、皇太子彊柢(コンディ)侯が陳福安、黄南雄を本国から招き東京世田谷に独立軍士官学校をつくるのを強力に支援し、学生寮を「如月寮」と名づけ、配下の常岡滝雄少佐、荒津寿らに本格的軍事訓練をさせた。また、近衛文麿や荒木貞夫を伴い訪れては激励した。
 『松井石根の陣中日誌』田中正明編(芙蓉書房)1985年P298より 溝口が抄写。d341475e45a7b7d823cb64fdfce6538f.jpg
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プロフィール

bokudoart

Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修

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