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「中共の本質」 其の一 「本質」の定義 ~「本質の解明」とは対象の「存在論」「様式論」的考察である~

「中共の本質」
其の一 「本質」の定義
~「本質の解明」とは対象の「存在論」「様式論」的考察である~
溝口墨道
はじめに
昨今、未来の世界における大きな問題に「中共」の問題があります。
ソ連や中共などの社会主義国では総計約1億人以上もの自国民が社会主義政党により不自然な死を遂げたとされます。
唯物主義者・社会主義者以外の普通の人々が持つ疑問に「彼等は何故恐れもなく、ナチスドイツの比でないほど多くの自国民・自民族同胞を殺せたのか?更に何故、それに後悔も反省もせず謝らないでいられるのだろうか?」があります。
 その疑問を解くには「中共の本質」を明らかにすることが必要になります。
本稿では、巷間すでに広く言われている中共の人々の振舞いや党中央幹部動静の時事問題などの皮相的な事象とは違う角度から、その「本質」について初歩的に考察します。
「中共の本質」を明らかにするには、先ず「中共」と「本質」を定義しなくてはなりませんが、実は、その定義自身にすでに「中共の本質」を解明する部分があるので少し難しい話ともなりますが、それを抜かすことはできません。

定義の第一「中共」は簡単で、マルクス・レーニン主義を信奉する中国の唯物主義・共産主義者により1920年に建党された「中国共産党」と、それより建国された一党独裁体制国家「中華人民共和国」が国内外で行う様々な事象の総体だとして問題はないでしょう。
次が少し厄介ですが「本質を明らかにする」というのは「何について明らかにする」のかということです。実はその問いと答え自体が問題の核心を突いています。というのはマルクス思想の問題点自体が「本質論(存在論、なぜ存在論かは後述します)」と大いに関係があるからです。

字義と考察
 先ずは「本質」の語義について、辞書、百科事典の記述を以下に抜粋します。

①「1 物事の根本的な性質・要素。そのものの、本来の姿。2 哲学で、存在するものの基底・本性をなすもの。㋐偶有性に対立し、事物に内属する不変の性質(1)。㋑実存に対立(2)し、そのもののなんであるかを規定し、その本性を構成するもの。3 論理学で、思惟の対象を定義する諸限定。類・種のごとき普遍をさす。→実体 →属性 →本体」『デジタル大辞泉』

②「事物が一定の事物である限りで、その事物を他の事物とは異なる当の事物として成り立たせている、その事物に固有の存在(3)をいう。これに対して、その事物について、ときとしてあることではあっても、いつもかならずあるわけではなく、あってもなくてもよいようなことは「付帯性」symbebkos(ギリシア語)、accidentia(ラテン語)である。本質が事物の本来の成り立ちである点からは、本質は事物の「本性(自然性、成り立ち)」physis(ギリシア語)、natura(ラテン語)である。また、その意味で、事物の存在を規定する原因(4)である。
 アリストテレスは、「それは何であるか」という問いによって問われるものを事物の「本質」ti estin(ギリシア語)とし、また、これがその事物の存在そのものであるという意味で、これを事物の「実体」sia(ギリシア語)とよんだ。それは事物の「定義」horismos(ギリシア語)、definitio(ラテン語)のとらえるものである。‥‥。人間の本質は「人間性」であり、これは「理性的動物」として定義される。
 中世では、神においては、その本質quid estはその存在quod estと区別されぬものとされ、その他の事物においては、これらが区別され、‥…現実に存在するものとなるとされた。‥…。近世科学において、事物の存在がその定義にしたがって実体としてとらえられることなく、その偶有的な働きにおいて機能としてとらえられるようになってから、本質の概念は不明確になった。[加藤信朗] 」『小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)』

③「伝統的な存在論哲学では自然法は,人間の〈存在〉充足に関連していて,それは人間存在充足の形而上学的条件である。つまり人間をもしそれが何であるか,と問う観点からみれば人間の〈本質essentia〉が問われ,同じ人間をそれは存在するかどうかを問う観点では人間の〈実存existentia〉(5)が尋ねられているのであるが,個々の具体的な人間は,この本質と実存との不可分的合体である。そしてプラトンはこの本質をイデアと呼び,アリストテレスやトマス・アクイナスはこれを形相(エイドス)と呼んだ。…
【実存主義】より
…人間の本来的なあり方を主体的な実存に求める立場。実存existence(existentia)とは現実存在の意であり,元来は中世のスコラ哲学で本質essence(essentia)の対概念として用いられた表現である(6)。例えば,ペーパーナイフの実存といえば,材質や形状がまちまちである個々の具体的な現実のペーパーナイフの存在を意味するが,その本質といえば,この木片もその金属棒もあの象牙細工もいずれもがペーパーナイフであると言える場合の基準の存在を指すことになる。…」『平凡社世界大百科事典 第2版』


【考察1】
上記の(1)(2)(3)(4)記述から「本質」とは「性質など実存に対立する事物の固有の存在で、存在を規定する原因」であることが分かります。
 また、(5)(6)から西欧哲学においては、「本質」と「実存」が一体か別かどうかの「存在論」が基本命題の一つであったことも分かります。

次に「存在」「実存」の基礎の「ある(有る)」の語義について見て見ます。
 
「① 人や事物があること、いること。また、その人や事物。 「少数だが反対者も-する」 「人類の-をおびやかすもの」 「神の-を信ずる」 「貴重な-」 「気になる-」 ② 〘哲〙 何かがあること、またあるもの。有。
㋐実体・基体・本質・本性など、他のものに依存することなくそれ自体としてあり、非本来的・偶有的でなく、絶対的・必然的にあるもの。㋑現に事実として今ここにある事や物および人間の実存。現実存在。㋒感覚や経験に現れるもの。現象。㋓判断において、主語と述語を結びつける繫辞けいじ。「 S は P である」の「ある」。〔「何ものかがあること」の意。英語 being や existence、あるいはドイツ語 Sein、ラテン語 esse の哲学用語の訳語。「哲学字彙」(1881年)に英語 existence の訳語として載る〕 」『三省堂大辞林 第三版』


【考察2】
上記から、「存在」「実存」の基礎の「ある(有る)」は「本質」「実体」に関係あると共に「現象」でもあることが分かりますし、現象に「様式(スタイル)を伴うのは自明です。
訳語である「様式(スタイル)」の語源はラテン語のスティルスstilusですが、ギリシア語の語源では「真円」でない長い形態の意味であるとおり、最も原初的な存在、本質の「顕現化」の意味ですから、「存在論」による考察をするためには「様式論」を併用することが必要となることになります。
以上を総合して考察すれば、「本質の解明」には、「存在論」と「様式論」の観点を用いることが有効な事は明らかです。

おわりに
今回は、少し抽象的・語義的な内容なので解りづらい点もあったと思います。
しかし、言うまでもなくマルクス主義が西欧哲学の範疇にあり、頗る学問的体裁を持っている以上、その理解・批判には、その「存在論」における「実存」と「本質」の異同の有無、または「存在論」自体の有無を、基準にすることが有効なのは間違いがありません。
従ってそのようにすれば、マルクス主義の「唯物主義」「宗教批判」を信奉する「中共の本質」を明らかにし、また頭書の「彼等は何故恐れもなく、ナチスドイツの比でないほど多くの自国民・自民族同胞を殺せたのか?更に何故、それに後悔も反省もせず反せしたり謝ったりしないでいられるのか?」の問いへの答えを得ることともなるだろうことも明白となります。
次回から「存在論」「様式論」による「マルクス主義批判」に基づく「中共の本質」解明の考察を行いたいと思います。
 江湖の諸賢の批判、叱咤、鞭撻を願います。
                                    令和二年6月吉日
                                    溝口墨道
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チャンネル公(おほやけ)第2回 シリーズ中国人を知る(その1) 

チャンネル公(おほやけ)第2回 シリーズ中国人を知る(その1) 
今回は、中国人と日本人では人の距離感が違うし、「没問題(大丈夫)」の意味も違う。そして、自分が舞台劇の演者だと思っているから発言はセリフのようなものだ、というような内容です。
今後「シリーズ中国人を知る」は数十回放送します。見るだけで自然に中国人への対応法が身に着く内容になっていますので、多くの日本の皆様に気楽にご覧いただきますようお願い申し上げます。、
https://www.youtube.com/watch?v=3hAbF0TBJzMチャンネル公(おほやけ)第2回 シリーズ中国人を知る(その1) 

松井石根大将は傑出した偉人

私は数年来、松井石根大将について研究しているが、知れば知るほど大将が傑出した偉人だと痛感する。
①思想家、②組織者、③文人、④宗教人、⑤人格者、⑥真の軍人、として実践の広さ、意義、成果が、同時代人のレベルを超えているという意味でである。
軍閥・社会主義・狭隘な国粋主義が横行した時代としては、奇跡的な存在なため、軍部同僚、東京裁判外国判事のみならず現代の我々でさえ理解し難い。
今、松井石根大将についての著作は数編あるが、いずれもその存在の全貌と意義を明らかにはしていない。
それが明らかになった時こそが、日本人・日本国の人類全体の歴史に果たすべき使命と意義が明確になる時であろう。gettyimages-79520791-2048x2048.png
興亜観音観音
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今の中共の大悪を責めれば責めるほど、日本の過去の小悪は浄化され、日本と世界の未来が大きく開ける!

今の日本人に必要な事、出来ることは、自分に勇気があろうと無かろうと、精神が入っていようと無かろうと、意味が分かろうと分かるまいとに構わずに、オウムのように「中国共産党は悪だ。習近平ら共産党に人殺しどもは罰せられなければならない。中華人民共和国を滅ぼすべきだ。」と気を楽にして言い続けることだ。
100年の目で見れば、それで日本の未来は、大きく、大きく、開けるだろう。

実は今回のコロナ渦で明確になった事に、「習近平中共」が「価値観」を重視し、「戦後日本」が「金」を重視するという事がある。
勿論。中共の重視する価値観は、日本のとは真反対の「人民や他国を騙すことが成功のカギだ。一定数の人を殺すことは、恐怖心を与え、敵を弱らせ、思考力を奪う良い方法なので、むしろすすんで殺すべきだ」だが。
例えばギャングの価値観が「法をそのまま守っていては庶民を馬鹿にできる位の良い生活は出来ないし武器も買えず人殺しも養えない。一定の人を殺し続けないと組織の延命と拡張は出来ない」で「任侠」「仁義」などは他人と自分を誤魔化す単なる衣に過ぎないのと似ている。
その一方で戦後の日本は相手が人殺しの犯罪者であっても金をくれるのなら喜んで尻尾を振る。

ところが戦前の日本は、今と全く逆であった!国民全員が「八紘一宇」「天皇の御稜威を頂く・君民一致の精神」「万国・民族・人種平等」の大義の旗を掲げ、疾呼し勇気を持って立ち上がっていたのである。
全くのその姿は正しかった。ただ、余りにも当時の世界状況が日本に不利なだけであって、その大きな精神を持った我々の父祖が戦前の軍事大国。戦後の経済大国を築いたのだ。

我々が、父祖の主張・精神を思い出し、今の状況に合わせて叫べばよいだけなのだ。


ラマンチャの男でドン・キホーテが歌う「the impossible dream」の歌詞は戦前戦中の日本人の心を表している気がしてなりません

ラマンチャの男でドン・キホーテが歌う「the impossible dream」の歌詞は戦前戦中の日本人の心を表している気がしてなりません。
日本の心を取り戻すために戦う同志に贈ります。【溝口訳「かなわぬ夢」】
持て  かなわぬ夢を
戦え  無敵の敵と
耐えろ 耐れぬ悲しみを
走れ  勇者も行けぬ地を
正せ  救いえぬ悪を
愛せ  遠くから純潔で
やれ  疲れた時こそ
届け  届けえぬ星へ
これこそが我が道だ、あの星を追いかけるために...
望みが無かろうと、遠かろうと構わない.
正義のために戦え 信じて休まず.
地獄でさえ喜び行く、天の意志ならば
私だけが真だと分かれば、この輝く道が、
私は心安らかに横たわり
そして人生を終えるだろう
そして、世界はこれでより良くなる
この男は軽蔑され、傷だらけにされた
それでもやる、最後の勇気を絞り出し
届け 届かぬ星へ.
To dream the impossible dream
To fight the unbeatable foe
To bear with unbearable sorrow
To run where the brave dare not go
To right the unrightable wrong
To love pure and chaste from afar
To try when your arms are too weary
To reach the unreachable star
This is my quest, to follow that star ...
No matter how hopeless, no matter how far ...
To fight for the right, without question or pause ...
To be willing to march into Hell, for a Heavenly cause ...
And I know if I'll only be true, to this glorious quest,
That my heart will lie peaceful and calm,
when I'm laid to my rest ...
And the world will be better for this:
That one man, scorned and covered with scars,
Still strove, with his last ounce of courage,
To reach ... the unreachable star ...
プロフィール

bokudoart

Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修

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